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2009年12月 4日 (金)

行政刷新会議に行ってみた

 先週、行政刷新会議に行ってみた。いわゆる、あの「事業仕分け」というやつだ。巷では賛否両論、さまざまな言い方をされているが、ここではあくまで“議論のあり方”として見ていこうと思う。

 私が市ヶ谷まで出かけたのは11月26日の木曜日。この会議も残すところあと二日で、終盤に差し掛かっていた。会場となった国立印刷局・市ヶ谷センター(余談だが、この市ヶ谷センターは、最終日の事業仕分けで「廃止・処分、機能移転」という判断になったらしい)に着いたのはすでに日が暮れかかっていた時分だが、長蛇の列ができており、一瞬、心が折れかかった。まさか、ここまで一般人の関心の高まりがある(ましてや会場まで来ること)とは全く予測していなかった。
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 しかし、かなりミーハー的なノリもあって行く気になったわけで、そうした動機は結構ひるまない(笑)。みんなマジメそうな顔をして並んではいるものの、内心、私とさほど変わらない動機でここまで足を運んだ人が半数以上ではなかろうか(あくまで根拠に乏しい勝手な憶測だが)。ただ、たとえ動機がミーハーだったとしても、本来「関心」の源泉は、その「なんか面白そうかも」という直感であり、あらかた“マジメ”じゃないところからスタートする。そこに火をつけた政権交代の威力は痛感する。

 さて、結局、寒空の下、30分以上も待たされ、挙句の果てにボディチェックも施されてしまうのだが、もともと体育館である会場には、普段のアスリートたちの熱気とはまた違う、昂揚したものが感じられた。
 実のところ、別に「持続可能性」関連のセミナーへ参加していたのだが、あまりの期待はずれに中途退室してこちらへ来た。結果、それが正解だった。報道されているのを間接的に見るのと、カメラに収まらない現場全体の空気までを感じるのには雲泥の差がある。
 
 中はパーテーションで3つのワーキンググループに分けられている。なにせ、そもそもがミーハー気分なので、今日はどこの省庁のどんな事業が対象になっているのか下調べをしていない。張り出されている模造紙を見て、国交省、経産省、防衛省の事業に関して議論が行われていることを知る。
 まず、玄関で渡されたビニール袋に靴を入れ、スリッパに履き替える。次に会場入り口でイヤホンをもらい、それぞれ思い思いに興味のある会場へ行っていく(出入り自由)。そして、もし、行ったところが第2ワーキンググループであれば、チャンネルを2に合わせて、議論を聴く、と手筈になる。本当に手が届きそうなところで議論されているのだが、これだけの人が周りを囲んではイヤホンを介してでないと詳細が聴き取れない。

 自分は、特にこだわりもなく、足が赴くままに、第1ワーキンググループ(国交省のモデル事業を検討)の討議を見ることにした。しばらくその討議の様子をみて受けた印象は、意外にも“まとも”であるというものだった。
 テレビで見る限り、蓮舫議員の厳しく問いただすシーンに引きずられるせいか、どこか責める者・責められる者の関係にあるように思われたが、比較的、建設的に議論が進行していたように思う。
 「とりまとめ役」と言われる人が、時には喋りすぎる仕分け人自身を制し、時には議論の流れに沿ってない意見に対して後回しにしたりと、いわば、ある程度のファシリテーションが機能していた。仕分け人の質問も的確で、単に攻撃的と思われるものはほとんどなかった。国交省の担当者は、当然必死に予算を確保したいという思いは前面に出るものの、徒な抵抗と思われる受け答えではなかった。
 そして何よりも見ていて「いい!」と感じた光景がある。国交省担当者の後ろに陣取っていた、その部下らしき若手が、仕分け人の意見に対し、「うんうん」と頷き、またその逆に国交省担当者の回答に仕分け人たちが「うんうん」と頷く場面が時折あったことだ。つまり場の関係性が、テレビで見るものよりもフラットであったことに感心した。

 ただ、残念であったのは、場の空間デザインが四辺四角。しかも国会議員、仕分け人グループがそのうちの三辺を占め、省庁の役人グループが一辺のみに座る。 形がそのまま場の関係性や空気を規定してしまう中で、実際に省庁サイドが守勢に立つ感は否めなかった。そもそもこの事業仕分けの目的が予算削減にあるのだから致し方がないのだろうが、やや同情したくもなった。

 それでも健全に議論がなされていた印象を受けたのは、「透明性」が歴然として確保されていたという点にあるのだろう。たしかに直接議論に携わっているのは、その四辺四角のテーブルに座る人たちだけだが、その周りをスーツ姿でない私を含め、制服姿の高校生や赤ちゃんを抱える女性までもが取り囲み、さらにはインターネットを介して全国津々浦々の耳目が傾けられた。そうした状況下で行われる議論は“最善”を指向せざるを得ない。
 実際、議論の中で、縦割りで思考する予算のあり方を指摘する場面に何度か遭遇したが、衆知のチェックがあるゆえの緊張感は従来のそれを許さなかった。
 予算を削減される方からすれば、「1時間ほどの議論でジャッジされるとはなんと乱暴なことか」(※)と憤懣やるかたない思いだろうが、国会であれほど濃密に有機的な議論がされてきたことはあったのだろうか。否、おそらく今回のような真剣な議論はこれまでもたくさん積み重ねられてきたことと思う。ただ、国会についてヤジと居眠りしか見せられてこなかった私たちが、国の予算、つまり国の未来をどうするのかという場面を共有できたことにまずは意味を感じたい。

 翌日のニュースでは、在日米軍に対する「思いやり予算」に切り込まなかったことが大きく取り上げられた。私は次に用事があったので、その「本日のメインイベント」の冒頭のみで会場を後にしていたが、メインイベントを聞き逃した惜しさはなかった。むしろ、帰路につく中で痛快さのようなものを感じていたのである。
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 人の弱さはよく知っている。自分を律しながら言動をとることは甚だ困難なもの。だからこそ、場のあり方がいかようであるかということは肝腎である。「そうでもしないと人は正しく動かないのか」と言われれば、情けなくもあるのだが、人間の性を認めた上で、人間の可能性にも魅力を感じたい。
 その可能性の一端にあの体育館では触れることができた。痛快さは期待の裏返しでもある。言い過ぎなのだろうが、アスリートたち同様の爽やかさまでもがあそこにあったように思えてくる。
 こうした場の持ち方が、新政権に限らず、多方面で広がっていくようであれば、変化はもっと大きいものになっていくにちがいないのだ。

【参考】
◆構想日本「事業仕分け」
 http://www.kosonippon.org/shiwake/about/index.php

※ 当日配布された資料によれば、作業は次のように流れる。国の事業の是非を判断するには十分な時間とは言えず、事前調査を十分に行うなど、このシステムはまだまだ改善の余地はある。(参照:朝日新聞2面2009年11月10日「事業選定ドタバタ 発表直前まで現地調査」)

〈作業の流れ〉
・ 事業説明 5〜7分(各省担当者)
・ 査定担当の考え方表明 3〜5分(財務省主計局)
・ 主な論点等の提示 2分程度(とりまとめ役)
・ 質疑/議論 40分程度(国会議員・民間評価者、各省副大臣・政務官⇔各省担当者)
・ 評決結果公表 2分程度(とりまとめ役)

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コメント

石川さんへ

こんばんは。
いつも前向きな姿勢に、良い刺激を頂きました。
仕分け作業、オブザーブ、私も聴講したかったです。
大学時代、ESSでディベートを勉強していたので、関心がありました。

ありがとうございました。

石川さん、

報告読ませていただきました。
いい印象だったんだなあと思いました。
私はTVだけで、ちょっとみた感じで
よくわかりませんでしたが、ある弁護士
かなんかが「定義」を聞き続けると、
相手を論破できるから、などと言っていて、
上野千鶴子さんのようなことをいうなと
思ったのと、それでは建設的な議論にならない
と、残念に思っていたので、この報告を聞いて
ちょっと安心しました。

 森井さん、コメントありがとうございます。
 たしかに“いい印象”ではありました。今回は、あくまで「会議の在り方」「場のあり方」として、これまでより数段いい方向へ動いていると感じました。
 ただ、事業仕分けの進め方はまだ改良の余地もあると思います。当事者となった人の嘆きや溜息が私の耳にも届いていますし。
 いいところはいい!ダメなところはダメ!とちゃんと声をあげていきたいですね。

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