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2010年1月 7日 (木)

振り向くな 君は美しい〜ブラインドサッカーアジア選手権決勝観戦記

 今年をワールドカップ南アフリカ大会の年として待ち焦がれている人はきっと多いだろう。そういう意味で、昨年は日本代表がアジア予選を勝ち抜き、4大会連続でワールドカップ出場の切符を手にした年であったとも言えよう。昨年であれ、今年であれ、日本代表の勝敗は多くの耳目を集めるのだ。
 ただ、“もうひとつのサッカー”日本代表の活躍をどれだけの人が知っていただろうか(注1)。その“もうひとつのサッカー”のアジア選手権が、ここ日本で昨年12月に熱く開催されていたのだが。

 日本視覚障害者サッカー協会・事務局長の松崎英吾氏を私のゼミに招いたのは、昨年11月の下旬である。アジア選手権を控え、多忙を極めていたはずなのに、唯一都合がついた一日を私と学生らのために時間を割き、わざわざ八王子キャンパスまで足を運んでくれた。そこまでして私が彼に声をかけようと思ったのは、“もうひとつのサッカー”、つまり「ブラインドサッカー」という世間一般にはマイナーである競技に魅せられ、職まで辞した彼のこだわりが聞いてみたかったからである。その“こだわり”には必ず意味があることを、経験上、よく知っている。それ故、その一端に触れさせることは学生たちの今後の人生にとって、また別の意味となって残ってくれるだろうと感じていた。

 松崎氏から時々ブラインドサッカーについての情報をメールではもらっていたので、私自身はなんとなくイメージはあったが、学生たちが持つ情報は皆無に近い。そもそも「目が見えない」ということ、そして「目が見えない中でどのようにしてサッカーをするのか」ということのイメージができない。松崎氏の話とそれを疑似体験するワークすべてが、驚きを持った新鮮さで学生たちの五感に響いていった。

 そうした“新鮮さ”で捉えられてしまうのも無理はない。ブラインドサッカーの歴史は世界的にみてもまだまだ浅いのだ。統一ルールがIBSA(国際視覚障害者スポーツ連盟)によって制定されたのは1996年。日本代表が初めて世界選手権に出場するのは2006年のことである。しかも、松崎氏の話によれば、盲学校(視覚特別支援学校)でサッカーが行われることはほとんどないのだそうだ。ましてやサッカー部など存在しない。普及と認知の道程はかなり長い。

 その背景には「危ない」という先入観がある。これまでの障害者スポーツは「いかに安全に行うか」ということに並々ならぬ配慮をしてきた。そのため、障害者スポーツに携わってきた人からは「あんな危ないスポーツ」と敬遠されてきた。盲学校へサッカーボールを持っていった時には「ボールって、蹴ってもいいんですか?」と訊ねられたこともあるそうだ。盲学校の生徒たちにとってボールとは「手で持つもの」であったからである。

 ブラインドサッカーに魅せられてしまったプレーヤーたちは、「むしろ日常生活のほうがよっぽど危ない」と感じているようだ。ピッチの中にいる時よりも駅のホームを歩いている時のほうが恐怖を感じるそうである。日常生活でさえ、制限があるのに、スポーツまでも制限されてはまっぴらごめんだ!というのが視覚障害者たちの本音なのではないだろうか。
 もちろん安全性に配慮するのは当然であるが、あまりに周りが「障害者スポーツ」というものを規定してしまっては、可能性を閉じてしまうことになる。

 それから、ブラインドサッカーがなかなか普及しない背景には、圧倒的に「プレーヤーがいない」ということがある。
 日本で「障害者」と言われる人たちは800万人いるとされている。そのうち視覚障害者は30万人。ただし、その75%が50歳以上にあたり、近い仲間でチームを編成する(注2)ことが非常に困難な状況にある。「ゲームをしたい!」と思う時に気軽にできないのが嘆かわしい。
 
 そんな状況下にありながら、何度か合宿を重ね、鍛錬してきたという日本代表の勇姿をこの目で見たく、日本対中国の決勝戦を応援しに行った。会場であるアミノバイタルフィールド(味の素スタジアムに隣接)へ到着したのは、もう前半が終わりかけた14:30ごろであった。冬至が近い12月20日ともなるとだいぶ日が陰ってきていたのだが、周りの寒々しい空気とは一変、ピッチでは激しい攻防が繰り広げられていた。

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 ボールの中の鈴の音とコーラーの猛々しい指示、そして自らの空間認知力だけを頼りに、サイドフェンスに激突しつつもゴールへと向かっていくプレーは、今までにないスポーツ観戦の魅力を感じさせる。

 プレーヤーに聞けば、ブラインドサッカーには「自由」があり、「サッカーそのもの」であることが痛快で、そして「仲間との出会い」が生まれるゆえに虜になるのだという。今、眼前でプレーする選手たちの姿を見ていると、それを心ゆくばかりに感じながらボールを追っているのだろうと思う。そこにも感じ入りながら試合終了のホイッスルを聞いた時、まさに快哉を叫ぶ思いとなった。

 残念ながら試合は0対2で日本が負けた。これで2010年にイギリスで開催される世界選手権への道は閉ざされたわけではないが(注3)、サポーター席に向けて一礼する選手たちの中には号泣している者もいる。うつむいて悔しさをこらえている者もいる。
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 でも決して彼らは徒に後ろを振り向こうとはしない。しっかとゴールを見据え、前を見つめるまなざしが私には感じられる。“もうひとつのサッカー”に魅入られた日本代表イレブンにはそんな強さがあるのだ。
 松崎氏もそんなサッカー以上のものがあるところにこだわったのだと、家路につく中、改めて思うのだった。

(注1)実際には多くのメディアが報道しているので、会場に足を運ばなくともニュースで見聞きし、知っていた方は結構いるのかもしれない。 http://www.b-soccer.jp/news/2009/12/post_159.php

(注2)ブラインドサッカーは、4人のプレーヤー(障害の度合いが異なるため、公平を期すようにアイマスクを着用)とゴールキーパー(晴眼者か弱視者が担う)、そして全体に指示を出す「コーチ」とオフェンスに対してゴールの位置や距離を伝える「コーラー」と呼ばれる7名で行われる。フットサルのルールをもとに考案されているので、ピッチの大きさも基本的にその大きさになっている。
※「ブラインドサッカーとは」
 http://www.b-soccer.jp/appeal/rules.html

(注3)2010年世界選手権へは、アジアから優勝した中国、準優勝の日本、3位韓国の3ヶ国が出場する。

【参考】
・ 日本視覚障害者サッカー協会ホームページ
 http://www.b-soccer.jp/

・ 『週刊ダイヤモンド』(2009年4月11日号 特集:「社会起業家」全仕事 あなたにもできる世直しビジネス)
 http://dw.diamond.ne.jp/contents/2009/0411/index.html
 ※ この中で松崎英吾氏が見開きで取り上げられている。

・ ブラインドサッカー公式応援ソング「キミノコエ」(カズン)
 http://asia2009.b-soccer.jp/about/song.html

・ 岡田仁志『闇の中の翼たち ブラインドサッカー日本代表の苦悩』幻冬舎 2009年
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コメント

>2010年にイギリスで開催される世界選手権への道は閉ざされた

アジア選手権3位まで(中国・日本・韓国)が世界出場権を得ております。念のため。

 ご指摘ありがとうございました。
 なぜか勝手に優勝国が出場権を得るものだと思い込んでおりました。
 念のため、先ほど事務局の松崎さんにも連絡し、3位韓国までは出場できる旨を確認いたしました。本文のほうも修正しておきましたので、何卒ご容赦下さい。

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