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2010年2月17日 (水)

60億の瞳とバンクーバー

 「これだけ世界中の人が注目する“お祭り”は他にないだろう」などと思っているのは先進国の人だけかもしれない。

 

 土曜(日本時間)に行われたバンクーバー冬季五輪開会式は、世界中で推定30億人もの人が観たという(注1。ただ、“身内”(バンクーバー冬季五輪組織委員会)の発表なので、その数字を鵜呑みにすることはできない。少々、煽りすぎではあるまいか。

 たしかにそのリップサービス分を差し引いたとしても視聴者は相当な数にのぼるだろう。だが、観ている大方は「北」の人たちなのだ。EARTH’S CITY LIGHTS(注2)として光っているのは、その熱狂さゆえと言ったら、皮肉にもならないか…。とにもかくにも、そうした意識の差と経済格差、そしてメダル獲得数には妙な相関があるように私には見える。

 

 なんて、偉ぶって書いたが、紛れもなく私はその熱狂者の範疇にある。オリンピックに限らず、世界選手権やワールドカップといった類のものが大好きで、どんなに時差があろうとLIVEで観ないと気が済まない。結局、そんなつもりはなかったが、今回の開会式も一部始終を観てしまったし。

 

 最近の開会式にはある傾向というか、よくされている演出がある。それに対して、違和感なのかなんなのか釈然としないが、私はどうも白けて観てしまうことになる。「先住民」が出てくる、否、出される場面にである。

 今回も序盤にその場面があり、演出としては一番鮮やかで華やいでいて、観る者を魅了していた(にちがいない)。カナダの多様性を知り至らしめるには十分過ぎるものだったろう。開催地の歴史や文化にも目をやってほしいというショーなのだし、気張ってあれこれ言う必要もない。北京五輪の口パク少女とは違い、(実況しているNHKのアナウンサーによれば)踊っているのは全国から集まった先住民の人たちだと言うし。

 ただ、それでもどこか釈然としない。

 

 こうした演出には「理解・共感を促すきっかけとなる」とみる向きと「利用されるだけだ」とみる向きとがあり、今回もその賛否は実際にあったようだ(注3)。だが、自分の違和感はそれともやや違う。観ていて感じるのは、いくら“お祭り”とは言え、普段彼らにあてる脚光と今回のとでは、あまりに光度が違いすぎやしまいか、そんな責める思いに近かった。それは演出家に対してであり、カナダの人たちに対してであり、かつ先住民自身にも対してである。そして、それ以上に、それを観てしまっている自分に対してその思いが強くある。だから、違和感はむしろ気恥ずかしさであり罪悪感である。

 

  815日になれば、 「戦争の悲惨さを忘れないようにしよう」というマインドが1年に1回でもリセットされることを私は悪いとは思わない。今回もそれと同じ「しかけ」である。そう思えばいいではないか。それを30億人もの人が観ていると言い切れるのならば、合点がいかないこともない。

 

 

(注1 NIKKEI NET「テレビ視聴者は推定30億人 バンクーバー五輪開会式」

 http://sports.nikkei.co.jp/index.aspx?n=SSXKG0207%2013022010

 

(注2)出典:NASA VISIBLE EARTH

 http://visibleearth.nasa.gov/view_rec.php?id=1438

 http://veimages.gsfc.nasa.gov/1438/earth_lights.gif

 

(注3)朝日新聞朝刊 2010214日「我ら先住民 踊って訴え」

 

【参考】

朝日新聞朝刊 2010213日 私の視点「五輪と先住民 求められるのは理解と尊重」

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