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2010年3月13日 (土)

「ザ・コーヴ」受賞におもう

  今年のアカデミー長編ドキュメンタリー賞は「ザ・コーヴ」が受賞した。翌日の日本の新聞は、「アバター」と「ハート・ロッカー」の“元夫婦対決”の作品賞 に言及した記事と同等か、それ以上に「ザ・コーヴ」を取り上げた。ルイ・シホヨス監督が「映画は日本人へのラブレターだ」とあえて述べなければならないほ ど、ジャパンバッシングともとれる“問題作”であったからだ。

 この映画の舞台は和歌山県太地町である。もともと捕鯨の歴史がある町なのだが、現在行われて いるイルカ漁に対して映画は告発している(らしい)。入り江がイルカの血で染まるシーンや撮影を拒む地元住民との小競り合いのシーンがあり、隠しカメラで 撮影するなどしてセンセーショナルなつくりになっている(らしい)。
 ただ、「ハリウッド映画の演出と同じくらいサスペンスに満ちた現実」という評価が示す通り、 かなり情緒的なトーンでイルカ漁の告発がなされている(と思われる)。

 すでにこの映画を観た知人の感想では「突っ込みどころ満載」なのだという。イルカ漁は漁業法に基づき、県の許可を得て行われているものであり、漁業枠が毎年定められている。その制限の中で、江戸時代から続く食文化として生活を守る営みが行われているのである。「イルカはかわいいから、知能が高いから」という論調には本当に辟易するし、その根拠は食文化の前に立ちはだかることはできまい。
 撮影の方法は、隠し撮りを始め、無許可で行われてもいるらしく、中には望まない住民の顔を撮影していると聞く。漁師を「ジャパニーズマフィア」と呼ぶ場面もあるようだ。撮影対象との関係性が十分に構築されていないようなドキュメンタリーはかなり幼稚だと言える。

 昨年10月に開催された東京国際映画祭では、「ザ・コーヴ」上映の中止を太地町などが求める動きがあった。また、太地町と姉妹都市関係にあったオーストラリア・ブルーム市は、抗議のメールや 手紙が殺到したことでその提携解消を市議会で決議した。
 結局、映画祭では一般にも上映されることとなり、姉妹都市の提携解消のほうは撤回されること となった。すでにこの件では一悶着も二悶着もあったのだ。
 そして今回のこの受賞でそれが再燃しそうである。今夏、日本国内20館程 度での上映が見込まれており、太地町や地元漁協は上映の中止を求めていく運動を起こすとしている。

 私はこの映画をまだ観ていないが、おそらく観るに値しない感情的で独りよがりな映画なのだろ うと思っている。今回の報道やいくつかのネット情報を見る限り、実際に私が映画を観たとしてもその憶測は間違ってはいなかったとの思いにきっと至るだろ う。しかし、前述の通り、今の段階では私は「らしい」としか言えない。
 なにかに対して「おかしいぞ」と思うのであれば、相手をよく知らずしてその声をあげることは 決してできないし、してはいけない。当事者である太地町の方々にしてみれば、この映画が大衆の目に触れることは、この上なく悔しい思いであるにちがいない。ただ、そのことを共有した上で私たちも同じ声をあげようとするのであれば、映画を観ずに行動を起こすことはできない。それは一方的な価値観で映画を撮ったのであろう「ザ・コーヴ」のスタッフと同じ感情論での行為にすぎない。


 私たちが力となって声をあげていくのであれば、上映中止を求めるのではなく、この映画をしっかと観て、感情論に対してロジカルに非難していくべきである。そうしなければ、「日本メディアは、この映画を見ずに『日本バッシングの映画だ』ととらえている」とのシホヨス監督の言葉を覆すことはできまい。
 たしかに「それでは商業的にただただ成功させてしまうだけではないか」との思いもあろう。た だ、興行収入の多さに監督がほくそ笑むのであれば、それはそれでいいと私は思っている。もし、センセーショナルに描き、安っぽい関心を惹くことに監督の思惑があるのだとしたら、この映画はその程度の映画であったというだけのことだ。本質をつかない映画は、そもそも力を持つことなど決してない。

※ただし、もし上映するのであれば、肖像権の問題はクリアしなければならないし、事実誤認の可 能性があればその説明をはっきりと映画の中で示す必要がある。配給元はその点は配慮すると現段階ではしている。

【参考・引用】
・朝日新聞2010年3月9日「和歌山・太地のイルカ漁告発 『ザ・コーヴ』アカデミー賞」
(関連サイト) http://www.asahi.com/national/update/0308/TKY201003080166.html
・毎日新聞2010年3月9日「日本たたきじゃない」
・東京新聞2010年3月9日「イルカ漁に批判に地元反発」
・古式捕鯨発祥の地、太地町公式ホームページ
 http://www.town.taiji.wakayama.jp/index.html
・豪ブルーム市、太地町との姉妹都市解消 イルカ漁に 抗議
 http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2633848/4490895
・豪ブルーム市、イルカ猟めぐる太地町との姉妹都市提 携停止を撤回
 http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2653377/4767223

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映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント


イルカやクジラの話はずいぶん前から聞かされていて、その温度差も気になっていました。共有している情報の質や量も違うと思います。
そういうこともあって、けっこう、お互いに理解するのは難しいと思います。

日本人とか欧米人とかのくくりで話をすると、それまでのうっ憤みたいなものも出てきたり、どうしても自分たちの主張を知らせたいという思いもあって、過熱しちゃうと思います。

「いろんな考えがあるし、全然、意見は分かれてますよ」、みたいなメッセージが一番、事実に近いし、また、冷静なところへ双方を導くのではないかと思います。

いろんな食生活や好みがあって、そんなことはお互いあるよねと思うんですが。。。これって、そんなに大きな問題なんでしょうか?
戦争とか飢餓の問題に比べると、どうなんでしょうか?


「ザ・コーヴ」監督「知能が高いイルカの殺害はアウシュビッツに等しいが、家畜は問題ない」http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1441544.html

「コーブ」はまだ見てませんが、話題になりましたね。3月末に父島に行ってきました。ザトウクジラが泳いでいる姿を確認しました。ホエールウォッチングは、わくわくします。ブローしてからいつ姿を見せるのか、それがとても楽しみで、時間経つの忘れます。1ジデと望遠レンズを持っていきました。シャッターチャンスでの写真は難しいですが、「クジラ」がいるという写真が撮れました。もう、無くなりましたが、クジラ肉の加工工場が、父島にはあったそうです。現在は「アカウミガメ」の養育をしています。毎日、クジラを見ることができる父島では癒しの時間を過ごすことができます。

昨日(5/22)のNHKスペシャルで、太地町のクジラ漁
での対立をやっていましたね。

環境団体の人や漁民の人の声も部分的にですが、
取材されてました。(会議の内容はわからず)
漁師の人の中でも考えがわかれていたのも取材されて
いましたね。
また、次の世代の中学生が学校で討論していたのも
初めて見ました。

全体的な印象ですが、自分たちの論理も相手側の論理
も、お互いに説得できるものではないと感じているように
思いました。

このまま平行線が続くと、(つまり時間が立つと)
こうした心理的な対立状態のまま継続していこうという人は、
これから先は少なくなり、この形での捕鯨は難しだろうなと感じました。

 森井さんもやっぱり観てましたか。私も録画していたものの、見入ってしまいました。
 捕鯨に携わる父を持つあの女子中学生の言葉、(「クジラは賢いから殺しちゃいけない」という論理に対して)「馬鹿な動物だったら殺してもいいんですか?っ聞いたらいい。同じ生き物ですよ、って。同じ生き物なのに賢いとかそういうので、決めてもいいんですか?」との問い(疑問)は、私も半捕鯨の人たちに是非答えてもらいたいと思うんですが。ちょっと青臭いですかね?

石川さんだったら、どう答えますか?

私も考えてみました。
たぶん、こんな感じでしょうか。


「賢いから。。。というのは、まず、言葉足らずで誤解を生みやすい
だろう。生き物の命を食べなきゃ仕方ないのが生き物の定め。

だからといって、どんな生き物でも食べようとは思わない。
毒のあるものやおいしくないものは食べたくないし、数が
少ないものも避けようと思うかもしれない。高度に進化した
(賢い)動物は、たぶん我々人間のような感情や痛みが
わかるような気がする。魚は痛みを人間のようには感じない
という説もあるというし、植物ならなおさらだろう。

どうしても自分に近いものに感情移入して、ほかに食べる
ものがあるのならば、身近に感じる生き物を殺してまで食べ
たくないと思うんじゃないだろうか。ペットになれば、なおさらだ。
それは殺人にさえ近くなる。日本人はクジラやイルカを一種
の海に住むものとして「魚」のように思っているかもしれないが、
我々は「賢い哺乳類」と感じている。日本人だって魚には哺乳類に
比べてやや冷淡な気持ちはあって、同じ生き物とは決して思って
ないんじゃないかい?」

(これにも反論が充分可能だと思います)

魚などの資源が枯渇しそうだということが、
先日、朝日新聞に出てました。

「そういえば、フツーの魚なら、イルカほど
には愛されず、クジラほどには目立たない
から、絶滅の危機もあるだろうなあ。大丈夫
なのは、養殖に力を入れたりするマグロぐらい
かなぁ」

などと思いました。

どんな生き物でも、命を失うのは、正視すると
心が痛みますね。特に、自分の好きな動物だったりすると、
おのずとその思いも強くなることでしょう。

絶滅の危機などがないのであれば、せめては眼をふせて、
心おだやかに過ごされた方がいいのかなと思います。
無駄に殺すわけでもない場合は特にそうかも。

また、商業的にする場合は、養殖などができるものに限っても
いいかなとも思います。

すみません、訂正します。
朝日新聞ではありませんでした。
今月の「ラジオ英会話」の24日の
本文でした。(しかも、2010/10/21
のニュース)

そして、マグロは大丈夫だろうと書きましたが、
むしろ大型魚が危ないらしく、2050年までに
ほぼ絶滅し、小型魚に頼ることになるという
内容でした。トホホ。

ちなみに、原因は、乱獲、海面温度の上昇、
排水の垂れ流しによる海洋汚染とのこと。

う~ん、文化衝突で目クジラ立てることもあるでしょうが、
もっとマクロ(マグロ?)の視点にも立つべきだという
認識もイルカも。

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