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2010年4月

2010年4月26日 (月)

奇跡の卒業式

 私のところに卒業式への予期せぬ招待状が届いた。送り主は愛育養護学校(以下、「愛育」と表記)。そこにあるたった3人だけの卒業生にS君の名前が挙げられてあった。当時まだ小学1年生だったあのS君がもう卒業する学年になっていたのだ。

 私は、変則的に週1回だけ、S君の面倒をみるということで愛育に通っていた時期がある。小1とは言え、どんどんと体格がよくなり、お母さんひとりだけでS君の面倒をみるのは、体力的に少々大変な状況になっていた。そこで、時々でもいいのでお母さんの負担を軽くしようと男手が必要となり、学校側で男性教員の臨時採用をしようという話になったのだと思う。「週1回出勤、男性で、かつ教員免許を持っている人」という希有な条件を満たせるのは、大学にまだ正採用されず、半ばフリーター的な立場にあった私ぐらいだったのだろう。知人であり、愛育の職員でもあったY氏は私に白羽の矢を立て、二つ返事でOKすることになった。

 愛育は、広尾駅から有栖川記念公園を横目に緩やかな坂道をのぼり、10分と歩かないところにある。教職員と児童の数があまり変わらないほどの小さな小さな学校だ。初めて行った時は、大きな愛育病院の影に隠れて、道に迷いそうになったほどである。
ただし、その一画に入れば、子どもたちの弾ける声に圧倒される。校庭は箱庭のようだが、ありったけの想像力でさまざまな遊びと学びが展開され、隅々までありとあらゆるところが彼らの居場所となっていった。

 愛育では、教育目標として「自信を持って楽しく生きる力を育てる」ことを掲げ、特に次の6つの観点で教育が行われている。
 1.  自分の存在に自信を持つ力を育てる。
 2.  人を信頼する力を育てる。
 3.  自分で考え、探求し、決定する力を育てる。
 4.  創造する意欲、表現する意欲を育てる。
 5.  人と楽しむ力を育てる。
 6.  社会の中で気持ちよく生きる力を育てる。

 これらの教育目標は、“子どものあるがまま”を尊重するということが根底にある。だから、児童たちは学校に来てから、その日何がしたいのかを自分で考え、自分で決めたことを実行していく。ある子はシャワー室でとことん水遊びをし、ある子はブルーシートを敷いて好きなだけ絵の具で描きなぐる。ある子は近くのスーパーまで買い物に行き、我流のレシピで焼きそばやホットケーキを作っていく。私が担当したS君はと言えば、電車に乗ってトンネルをくぐること、遠くまで行って煙突やタワー、観覧車など高いものに出会うこと、そして金魚を納得いくまで眺めることが当時のマイブームであった。

 そのマイブームゆえ、S君とお母さんとは学校ではなく、最寄の駅で待ち合わせをし、彼の気の赴くまま、電車で小旅行に出かけるのが常だった。台風が近づく江ノ島で、暴風雨の中、防波堤の先まで行ってびしょ濡れになったり、雪化粧をして誰もいない埼玉スタジアムを彼をおぶって一周したりすることもあった。一日のうち、必ずどこかで金魚屋さんには立ち寄り、「買ってほしい!」と駄々をこね(しかも決まって高級魚を気に入ってしまう(笑))、お母さんを困らせていたことも懐かしい。彼の頭の中には都内の金魚屋マップがしっかと書き込まれており、勝手気ままに乗っている路線のように思えて、最後には金魚屋に辿り着くあたり、“確信犯”と思わざるをえない。それら全てが微笑ましい想い出である。

 卒業式はあまり格式張らず、あくあまで愛育らしい優しさにあふれたまま進行していった。
 卒業証書の授与では、S君が嬉しさのあまり、名前が呼ばれる前にぴょんぴょん跳ねて前に出ていくハプニングがあった(しかも二度も)。それをアドリブで対応する校長先生の様は、“あるがまま”を受け入れる、教室で見るいつもの光景とまったく変わらなかった。卒業生保護者からの学校への贈り物が「ホットプレート2台」というのもなんとも愛育っぽくて粋ではないか。

 こうした温かく包まれた式を眺めていると、式辞で校長先生が表現したように、まさに「奇跡の卒業式」だと思えてくる。日々の小さな決断の連続こそが、今、在ることにつImg_0560ながっているのだから。その連綿とした経験の重なりは、人間として生きる基盤を築き、「自分は存在していいのだ」との思いのもと、彼ら3人をここにあらしめている。

 以前、NHK教育テレビが愛育を取材した際(2001年11月12日放映 NHK教育テレビ『にんげんゆうゆう』「子どもを信頼する」)、当時の校長である岩崎禎子氏は「養護学校だからといって特殊な教育を行うのではない。人間としてより良く生きられるために、学校は生きる力を育む」と述べている。児童は「自ら考え、行動する」「自分らしく生きる」、そして教員は「ありのままを受け入れる」「気持ちのありようまでを否定しない」。それは特殊でもなんでもなく、当たり前のことをしているにすぎない。愛育がいわゆる「学校」とは似ても似つかないと見えてしまうのは、多くの学校が“特殊”であるからだと言えなくもない。

 卒業式の最後には、THE BOOMの『風になりたい』がサンバのリズムで賑々しく演奏された。卒業生も在校生も、教職員も保護者も、式場が一つになって、歌い、踊り、心の底から笑い合った。何度も歌詞がリフレインされ、それが記憶と重なり、耳に残っていく。

 天国じゃなくても 楽園じゃなくても
  あなたに会えた幸せ 感じて風になりたい 
   風に 風になりたい

 S君はこの4月から近所の特別支援学校の中学部に通っているはずだ。彼は次にどんな風になって新たな人生を歩み始めただろうか。その風は、時々私の頬も撫でてくれるだろう。その時、私は彼へと思いを馳せたいと思う。

【参考】
学校法人 愛育養護学校 http://www.aiiku-gakuen.ac.jp/
佐藤学監修/津守真・岩崎禎子著『学びとケアで育つ―愛育養護学校の子ども・教師・親』小学館、2005年

2010年4月25日 (日)

サンデル教授の白熱講義

 感心するほどスピーチが上手だなぁと思う日本人にほとんど出会ったことがない。かく言う自分も到底うまいとは言えない。中学の時に弁論大会に出させられた経験はあるが原稿の丸暗記だったし、親友の結婚式でスピーチをしたこともあるがまるで盛り上がらず散々だった。

 それに比して、ここに登壇する面々の堂々たることや、本当に感服してしまう。「ここ」とは、TED Conferenceのことである。知り合いのカナダ人にサイトを教えてもらったのだが、彼は夢中になるあまり、気づくと夜が明けてしまっていたらしい。それだけ魅力的なのは、彼らの立ち居振る舞いはもちろんなのだが、自分の専門領域(時にマニアックすぎるテーマもあるがそれもまたよし)をまったく知らない人に対しても理解してもらえるだけの“翻訳力”があるからだろう。

 ある晩、飲んで帰って来て何気なくテレビをつけたら、深夜だというのに白熱した講義風景が映し出されている。番組名は文字通り『ハーバード白熱教室』。マイケル・サンデルという政治哲学の教授が行う“正義(Justice)”を考える授業で、ハーバードの歴史上、最多の履修者数を誇る人気講座であるらしい。

 例えば、「君は路面電車の運転手だとしよう。だが、突然、ブレーキが利かなくなり、目の前の作業員5人をはねそうになる。その時、ハンドルを切って、待避線によけることはできる。ただし、そちらにも男性が1人いる。さぁ、君ならどうする? その選択した行為は正しいと言えるのか?」などとソクラテスばりに問いつめ、対話する。次から次へと繰り出される難題に学生たちは忌憚なく、そして真摯に答えながら、どんどんとサンデル教授の講義に引き込まれていっている。
 こうした問いから、ジェレミー・ベンサムの「最大多数の最大幸福」の言葉に代表される功利主義について説いていく。恥ずかしながら、「最大多数の最大幸福」とは、宮沢賢治の言う「世界が全体幸福にならないうちは個人の幸福はあり得えない」との言葉と同じものだと私は思っていた。しかし、マイノリティの扱いの点で、むしろそれらは逆のニュアンスを持っている。不幸なことに、私が高校の時に受けた倫理の授業では、1問1点の「100問穴埋めテスト」が期末に課せられていた。その“名物期末試験”は詰め込み教育の極みであった。私の解釈は語句を埋め込めばいいだけの薄っぺらなものだったのだ。(もちろん、自分の無知をその試験だけのせいにするわけではないが…)

 サンデル教授と肩を並べて「同業者」と言うのは口幅ったいが、同じ大学の教員としてあのような学びの空間を創出していかなければならない。そういう空間にいられない学生は不幸である。
 豊富な知識量に裏打ちされたサンデル教授の講義は見事だが、彼のすごさもやはり“翻訳力”にあると思う。それは、彼が伝えたいメッセージを平たく述べているという意味においてだけではなく、哲学という答えの出ないものに対し、それぞれの学生が熟考し、彼ら自身の内面の言葉も置き換えさせているからだ。

 あんな講義がしてみたい。いや、していくことが我々教員の責務である。

【参考】
□ TED Conference http://www.ted.com/
 ※ テド・カンファレンスの日本語ページはこちら
  http://www.ted.com/translate/languages/jpn
 ※ TED Conferenceとは?(ウィキペディアより)

□ NHK教育『ハーバード白熱教室』 http://www.nhk.or.jp/harvard/

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