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2010年4月25日 (日)

サンデル教授の白熱講義

 感心するほどスピーチが上手だなぁと思う日本人にほとんど出会ったことがない。かく言う自分も到底うまいとは言えない。中学の時に弁論大会に出させられた経験はあるが原稿の丸暗記だったし、親友の結婚式でスピーチをしたこともあるがまるで盛り上がらず散々だった。

 それに比して、ここに登壇する面々の堂々たることや、本当に感服してしまう。「ここ」とは、TED Conferenceのことである。知り合いのカナダ人にサイトを教えてもらったのだが、彼は夢中になるあまり、気づくと夜が明けてしまっていたらしい。それだけ魅力的なのは、彼らの立ち居振る舞いはもちろんなのだが、自分の専門領域(時にマニアックすぎるテーマもあるがそれもまたよし)をまったく知らない人に対しても理解してもらえるだけの“翻訳力”があるからだろう。

 ある晩、飲んで帰って来て何気なくテレビをつけたら、深夜だというのに白熱した講義風景が映し出されている。番組名は文字通り『ハーバード白熱教室』。マイケル・サンデルという政治哲学の教授が行う“正義(Justice)”を考える授業で、ハーバードの歴史上、最多の履修者数を誇る人気講座であるらしい。

 例えば、「君は路面電車の運転手だとしよう。だが、突然、ブレーキが利かなくなり、目の前の作業員5人をはねそうになる。その時、ハンドルを切って、待避線によけることはできる。ただし、そちらにも男性が1人いる。さぁ、君ならどうする? その選択した行為は正しいと言えるのか?」などとソクラテスばりに問いつめ、対話する。次から次へと繰り出される難題に学生たちは忌憚なく、そして真摯に答えながら、どんどんとサンデル教授の講義に引き込まれていっている。
 こうした問いから、ジェレミー・ベンサムの「最大多数の最大幸福」の言葉に代表される功利主義について説いていく。恥ずかしながら、「最大多数の最大幸福」とは、宮沢賢治の言う「世界が全体幸福にならないうちは個人の幸福はあり得えない」との言葉と同じものだと私は思っていた。しかし、マイノリティの扱いの点で、むしろそれらは逆のニュアンスを持っている。不幸なことに、私が高校の時に受けた倫理の授業では、1問1点の「100問穴埋めテスト」が期末に課せられていた。その“名物期末試験”は詰め込み教育の極みであった。私の解釈は語句を埋め込めばいいだけの薄っぺらなものだったのだ。(もちろん、自分の無知をその試験だけのせいにするわけではないが…)

 サンデル教授と肩を並べて「同業者」と言うのは口幅ったいが、同じ大学の教員としてあのような学びの空間を創出していかなければならない。そういう空間にいられない学生は不幸である。
 豊富な知識量に裏打ちされたサンデル教授の講義は見事だが、彼のすごさもやはり“翻訳力”にあると思う。それは、彼が伝えたいメッセージを平たく述べているという意味においてだけではなく、哲学という答えの出ないものに対し、それぞれの学生が熟考し、彼ら自身の内面の言葉も置き換えさせているからだ。

 あんな講義がしてみたい。いや、していくことが我々教員の責務である。

【参考】
□ TED Conference http://www.ted.com/
 ※ テド・カンファレンスの日本語ページはこちら
  http://www.ted.com/translate/languages/jpn
 ※ TED Conferenceとは?(ウィキペディアより)

□ NHK教育『ハーバード白熱教室』 http://www.nhk.or.jp/harvard/

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映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。

教えていただいたMichael Sandel 教授の学部生向けの授業、何回分か興味深くみました。1980年からハーバード大学で教えておられるようで、いろんな学生とのやりとりなどから、練り上げられてきた賜物かなと思いました。

同じ大学で教えていた板坂元先生が、何かの本の中で同大学の学生の質が大きく変化(劣化)していることを嘆いていたので、サンデル先生もずいぶんその教え方の内容や方法なども変化させてきていることだと想像します。

何回も見ているうちに気づいたんですが、教授が講義をし始めてしばらくすると目が泳ぎだす学生もいたり、気持ちがついていかなくなっている学生もいました。(日本のようにケータイを始めたり、化粧を始めるというのは見当たらなかったけど)

また、発言内容も、すでに枠に囚われていてそこから抜け出せてない意見や、「自分の意見」だけで終わって一般化に向かわず、その先に開放されてないような意見も散見されました。そんな学生にこそ、ほんとは「哲学」は有効だと思いますが、そういう学生は、やはりどことなく気持ちがついてきていなさそう。逆に、すでにこういう思考に慣れ親しんでいて、今さら哲学する必要ないような人ほど、熱心に討論に入りこんでいるような印象を持ちました。(これに限らずなんでもそうだけど)

偶然、今朝、諸富先生(心理学)の「婚活」の力をつけるという大学の授業をNHKで見ましたが、男子学生が女子学生と自然に話ができるようになる基礎力がつくと好評、とかいう内容でした。(日米、似たところも違ったところもありそうですね)

大学の先生方も、持ち味を生かしながら「授業」にがんばる人が増えてきていいなと思いました。

石川さんの持ち味はこのブログの随所に出ている「ひとをみる優しさ」ではないかと思います。もうすでに、石川先生の授業には多くのファンがいるようですよ。

マイケル・サンデル教授の「ハーバード白熱教室」を毎週録画して見ています。(BSの「龍馬傳」とかぶっているので)

あと2回で終わりかなと思うと残念。母もついてみて、「ところどころわかるでわ」と言っていますが、私は「あまりわからんなあ」と思うことが多いです。

特に、教授が「この意見に対してだれか反論は?」とかいう風に学生に問いかけるときに、自分ならどういうかな?と考えてもさっぱり。それにひきかえ学生たちの聡明なこと。(前の方に座っている学生はよく理解できている優等生型の発言、バルコニーに座っている学生は斜めにかまえた意見が多いように思う)

アリストテレスやカントも一生に一度は読んでみたいと思わせられます。それだけでも、この番組の意味があったように思います。
『これからの「正義」の話をしよう』鬼澤忍 訳 も大増刷中らしいですが、やはり、「よくわからない」人が多いのかな?

でも、私がもし、「実際にマイケル・サンデル教授の授業を受けたら、5段階でいくらぐらいの評価をもらえそう?」ときかれたら、
たぶん見栄をはって、こういうでしょうね。

「まーいける。3でる」

おあとがよろしいようで。

最近、サンデル先生の「白熱授業」の再放送をBSで連続でやっていたので、
通してみました。けっこう、覚えているところや、すっかり忘れているところなど
を発見。あたり前ですが、理解できてなかったところは思い出せませんでした。

この授業は読むテキストを与えているようだし、授業後もメールのような形で
学生が討論し、それをサンデル教授も読んでいて、授業に使っていますね。
つまり、予習、当日の授業、復習が見事に連動。また、学生たちどうしの討論
を教授が整理しながら、過去の哲学者の言葉や訴訟例なども取り入れ、
さらに学生が抱えている関心ある事例なども適宜入れてますね。

内容的には、多様でいろいろあるねというところで終わらせようとしない態度に
一神教的な風土?を感じました。

今日は「徒然草」の講義も聴きにいき、その日本的で?行きあたりばったり的な、
小ネタの連続のような日本的な授業?にも触れ、漫談的な味も感じました。
どっちもありかな。と、これまた超日本的な感想です。

また、この夏にサンデル教授VS日本の人という企画もあったようで、その様子もどんな
だったか興味があります。「猪木VSモハメド・アリ」のような感じだったかも。
とにかく楽しみです。

本屋さんにサンデル教授の「これからの『正義』の話をしよう」
(鬼澤忍訳 早川書房)が、平積みになってました。
そして、その上には、
朝日新聞(2010.8.5)11面のオピニオン欄のサンデル
教授のインタビュー特集記事が貼ってありました。

それによると、

「授業の前に十数人のグループに分かれ、小教室で大学院生
を講師にした予備討論をしています」、とのこと。

チュートリアルの制度だと思いますが、これは大講義室では
できない部分を補う、とても有効な手段だと思います。(大学院生
の収入にもなるし)

サンデル教授が学生時代に受けた退屈な授業の話も出ていましたが、
さすがに、それを反面教師にされたようです。

良い学習者は、どんな教育を受けても、そのすべてを「全面」教師に
している感じですね。


先日、日本に来ていたサンデル教授
の東大での授業が朝日新聞(8/30)に
出てました。

内容は、「白熱教室」のままですね。
この点は、がっかり。
落胆度は「猪木とモハメドアリ」並み?
「TED」での教授の話も同じでした。
(著書もほぼ同じのようだし)

「日本人はシャイで議論に参加しない
と聞いたけど。。。」というのも、あの
会場にいる日本人は日本人の平均的な
人でもないし。。。あれじゃ、同じ
ようにしかならないなと思いました。


もっと、日本人の側から、原理的でない、
「場当たり的な態度」とかの正統性が主張
されても良かったのではないか?とも。
例えば、
「正義について二つの考え方に出会った」
と教授が言えば、「それは二つではなく一つ
とも言えます」という展開なんかは無理だった
のかなあ?
「二人のうち一人しか救えない状況だったらどっちを
選ぶ?」と言われたら、「どっちも選ばない」とか。
(そういう考えも、ひろさちや氏によるとあるようです)

せっかくの海外遠征なので、
哲学の枠組みを揺さぶるような場面を期待してました。

ま、ちょっと私の期待過剰だったんでしょうね。

「爆問学問」も好きでよくみてますが、あの番組のあと
ぐらいから本当に面白くなりそうな気がします。

私は学生でもないので、
大学の先生たちには、第一に、本格的な研究の深さを
期待します。
(学生に人気があるというようなのは、まったく期待してません)

もっと社会の活動に参加して欲しいとは思います。


追加すると、

「正」と「善」の対立があるように見えても、
「美」を入れると、また別の見え方になる
と思います。

正しいことでも、場面によっては善とはいえない
こともある。正しくて善であっても、美とはいえない
ときもある。

先日、サンデル教授の東大での授業をNHKでみました。

内容や方法はハーバードでのものとほとんど変わらなかったと
思いました。
(近日中に、再放送がまたあるようなので詳しくみてみたいとも思いますが)

ちょっと思ったことは、

1.この日本人の参加者はすでにハーバードでの議論を知っている
人が多いはずなので、その先の議論が十分に可能だったはず。
それができていただろうか?

2.英語が母語でなさそうな人が、最初は日本語で、あとから英語
に切り替えていたように見えたけれど、それはどういう理由なのか?

何度も見たらもっと新たな発見もあるとは思いますが、TVでみるだけの
限界もたくさんあると思うので、著書をもっと読んでみたいなと。。。
思って、借りてはいるけど、難しそうでなかなか。。。

こういう本は、読書会とかすれば、まだ楽しく読めるんでしょうね。

読書会はいいですね! 実現してみたいですが、森井さんは徳島ですもんね・・・。

拓殖大で、どうですか?走るのもいいけど、読書会も楽しいですよ。

東京に居たとき、日本語教師の方数名で、読書会をしていました。
論文が多かったけれど、自分ひとりで読むにはちょっと。。。という
書物もけっこうありました。

今でも、私は(ヒマにまかせて読んだ)本の紹介をしたりし、東京からは
定例会のレジュメや会での報告がMLで送られてきます。

大学なら日常的に、そうした空間があるので、文字通り、朝飯前に読書会が
できると思います。(最近、都内のサラリーマンなんかもやっている
ようだし)

メンバーしだいで、盛り上がったり、盛り下がったりしますが、それでも
数少ない他者理解&自己表現が同時にできる、低コストで低リスクの活動
なので、おススメです。

このブログも若い人がもっと書きこんでくれると嬉しいけど、たぶん、
顔が見えない分だけ難しいのでしょう。拓殖大なら、そこもクリアだろう
と思うし。

下手すると授業よりも面白くなるかも。。。これだけがリスクですかね。

今夜(10/17)のNHK教育は「白熱教室の衝撃」という番組でした。

講義の魅力なども話されていました。日本の大学の先生なども
刺激を受けているようで、また、日本での対話形式の授業実践
を放映するらしいですね。

授業の前後の教育活動まで含めないとダメだという分析もありましたが、
確かにそうだと思いましたし、どうも、番組のなかでの日本人の先生は、
「自分の意見をすぐいう」「生徒との1対1の形のやりとりになってしまう」
「生徒どうしのやり取りが起こりそうにない」という気がしました。
でも、まあ、慣れたらできそうには思いました。

横浜市立大の上村雄秀先生という方もされるようです。
なんとなく石川さんを思わせる若手の先生でした。
内容も、なんとなく開発教育っぽい内容でした。

サンデル教授は「グローバルな教室」を作るのが長期的な目標だとか。
まあ、そんな時代も来るでしょうね。

今でも、ゼミなら活発な討論になっているんでしょうかね?

先週ぐらいからやっている日本版の「白熱教室」。
第二回の今日は見てみた。実は1回目もちらりと見たが、
ちょっと、予想どおり?過ぎて、なんとなく見るのをよした
のだった。

今回は、グループに分かれてのプレゼンだった。
これも日本的な教室風景なのかなあ?と思いながら
今回は、最後まで見た。白熱しないなあ~と思いながらも、
これはこれでいいのかもしれないなとも思った。

授業の内容は開発教育でもやりそうな内容で、
関心はあったのだが、なぜか気持ちがのらない。
たぶん、あの場にいたら違うのかもしれないが、
どうなのだろう?

石川さんはどう感じられました?
お訊ねしたいなと思いました。


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