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2010年5月 5日 (水)

かぶけ、歌舞伎座よ!

 多くのメディアで惜しまれるように取り上げられていたので、銀座の歌舞伎座が4月の公演をもって閉場するとの報道をご覧になられたのではないだろうか。たしかに、数週間前に用事があって東銀座に行くと(岩手県のアンテナショップ「銀河プラザ」に行ってました。啄木の「ふるさとの訛りなつかし 停車場の人込みの中に そを聞きに行く」心境ですね)、かなりの人が歌舞伎座にデジカメやケータイを向けて全貌を写真に収めていた。ただし、そのほとんどが歌舞伎座で歌舞伎を観たことがない人であって、下手をするとそもそも歌舞伎自体にほとんど興味がない人たちであるかもしれない。
 どうも人は「最後の○○」とか「残り○日」と区切りをつけられると心理的に動かされてしまう。急に「自分も行っておかないとソンをする」ような気分になるのだろう。うちのゼミ生たちにもその手で学ぶ意欲をかき立てようと思うのだが、すぐに見透かされてしまうかな? というか、まさに自分が「歌舞伎座がなくなる」との報道に心揺り動かされ、観に行った口なのだ。昨年末、夫婦で歌舞伎座に出かけてみたのである。(そして、写真も撮った…)
Img_0462

 結婚3年目ともなると、クリスマスの重要性がだんだんと薄れてくる。ロマンティックなことよりも実利的なことのほうがプライオリティが高い。しかも企画力も衰えをみせる…。
 そこで、「なくなる前に行ってみたい」との私の希望を押し付け、「あえてクリスマスに“和”なことをやろう!」とこだわりがあるかの如く見せかけ、12月公演のチケットを取った。

 切羽詰まって取ったので、花道もよく見えない席だったが、雰囲気を感じるにはむしろよかったかもしれない。昔、モスクワのボリショイ劇場で「白鳥の湖」を観たことがあるが、奥行きよりも垂直に空間がある造りは意外と似ていると感じた。椅子の間は狭く、決して快適ではないのだが、そのほうがワクワクするのはどうしてだろう。

 さて、観るほうであるが、皮肉なことに一幕目の古典的なもの(これぞ歌舞伎!といったもの)よりも演出家の野田秀樹氏が脚本を書いた「野田版鼠小僧」(歌舞伎というより現代劇といった感)が楽しめた。数年前に、寿司屋で中村勘三郎氏と野田氏が意気投合し、「サンタと鼠小僧ってなんか似てないか」からトントン拍子で企画が進んだ、ある意味“奇天烈な歌舞伎”なのであった。
 初体験の歌舞伎がこれであってよかったのか、観劇後、妻と感想を述べあったのだが、「抱腹絶倒したのだからいいじゃない。元は取ったよ」ということで落ち着いた。

 きっと江戸時代に観ていた歌舞伎と昭和に観ていた歌舞伎と2013年に再開する歌舞伎座の歌舞伎はそれぞれ違ったものであったと思う。そうであれば、なにが「歌舞伎」なのかは、その時代時代が決定していくのだろう。ただ、「歌舞伎」の語源が“勝手な振る舞いをする、奇抜な身なりをする”といった意味の「傾く(かぶく)」であると言われているから、そこだけは通底するモチーフなのだ。
 私たち夫婦がイヤホンで解説を聞かねばストーリーが理解できなかった一幕目も歌舞伎であれば、野田版も歌舞伎である。3年後、新しい歌舞伎座にまた私たち夫婦が行って観たいと思う歌舞伎がそこにはあってほしいと思う。

【参考】
 ・ 歌舞伎座のHP http://www.kabuki-za.co.jp/
 ・ 歌舞伎座、59年の歴史に幕
  http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20100501-OHT1T00006.htm

※58年前の改修での歌舞伎座復興の際には、なんとダグラス・マッカーサー元帥や当時の総理大臣・吉田茂氏から祝辞が寄せられている。
 http://www.kabuki-za.co.jp/siryo/history/ka_index.html

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