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2010年6月25日 (金)

世界遺産“非公式”認定

 いい仕事をした後は、自分にご褒美をあげたくなる。自分にとっての“イイシゴト”とはたいてい講師依頼を受けたワークショップがうまくいった時のことなのだ。特に急いで帰る必要がないのに、“イイシゴト”をした後は、わざわざ410円の特急券を買い足してレッドアロー(西武池袋線の特急。全席指定)に乗りたくなる。そして、走り出した時に、夕日を見ながら缶ビールをクイッとやるのだ。走り出す前にプルタブを引き抜いてはいけない。その時間は余韻に浸るべきなのだ。量は500mlではなくて350ml。喜びは分散させてはいけない。間延びは幸福感を薄めてしまう。濃縮した時間の中で、至福を噛みしめなくてはいけない。

 昨日は浦和で丸一日のワークショップを行った。毎年、この時期に呼んでもらい、ボランティ向けのスキルアップ研修をお願いされている。毎年のように依頼を受けるので、同じことができないし、向こうの要求もだんだんと難題になっていく。
 4〜5年目となる今年のお題は相当に私を悩ませた。実践者、研究者の間でも結論が出ておらず、かつ、これからだって答えが出る類のものではない。禅問答のようなテーマだったといっていい。それでも、私なりに考え抜いて組み立てたプログラムだったので、いい時間を参加者の皆さんと共有できるのではないか、と半ば願望にも近いが、そんな予感を持つことはできていた。幸い、終了後に紙片に書いてもらった感想は概ね肯定的なものであった。イイシゴトであったと思いたい。

 これは、朝、会場に向かう時から考えていたことだが、もし、自分が納得のいく思いで今日の仕事を終えることができたのであれば、秋津の立ち呑み屋で一杯やろうと決めていた。我が家から浦和方面に向かうには西武線の秋津駅で降り、徒歩でJR武蔵野線の新秋津駅に乗り換えることになる。距離にして1kmとないであろう距離だが、これを「乗り換え」と言っていいものかが微妙ではある。だが、この微妙さが【秋津–新秋津】間を面白い空間に至らしめているのは間違いない。いつも行き来するたびに、「帰りはここであれをしよう、うふふ」と小さな悪だくみを誘発させる通りなのである。

 昨日の私の悪だくみは、フットマッサージと立ち呑み屋で「せんべろ」(千円でベロベロ)のゴールデンコース。身重の妻を待たせてのこの悪だくみは、後ろめたくもあるのだが、無性に立ち寄りたかったのだ。ちょっぴりの悪さであれば、つまみ食い同様、むしろビールもおいしく感じるものであり、許してもくれるものなのだ。妻には、(家計のためにも)イイシゴトをしたのだから、ご褒美なんだと許してもらえるはずだ、と思い込むことにした。

 世間一般的な終業時間である17時をまわっているとはいえ、夏至を終えたばかりであるから、日はまだまだ高い。そんな時分から飲むアルコールは格別においしい。
 フットマッサージの20分コースを終え、秋津駅の真ん前にある、モツ煮が売りらしい立ち呑み屋に入った。秋津には「野島」という人気の立ち呑み屋があるが、あえてまだ入ったことのないこちらの店にした。店内には、「東村山ご当地グルメ」の文字が踊っている。今流行りのB級グルメだ。“A級グルメ”と言われるよりおいしそうに聞こえるのだから不思議なものだ。

 私は、「ビールにモツ煮、それにレバーとねぎ間を塩で」と注文する。Img_0663 立ち呑み屋としては至極まっとうなオーダーなのだが、場(店)に慣れていない私の注文はどことなくぎこちない。カウンターに10人ほど並んだ客の8割方が、ホッピーを飲んでいるのも私の肩身を狭く
させた理由かもしれない。勝手な推測だが、長年飲み過ぎて、これ以上プリン体を体内に摂り込んではいけないと医者に言われた面々の、それでも飲みたい一心に、唯一残された選択肢がホッピーなのか、少しでも安く長く飲みたいがため、つまりここ立ち呑み屋にいられる口実がホッピーというやつなのか、いずれにせよ、こよなく立ち呑みを愛する人たちがカウンターを占拠していることにはちがいない。

 私を含め、ネクタイなんぞを締めている者はおらず(いずれ「なぜ、ネクタイはビジネスマンの世界標準になったのか」をブログのテーマとして書きたいと思う。乞うご期待)、解放感に満ち満ちて、みんな思い思いに呑んでいる。
 店に入るなり、「ネギ少なめモツ煮一丁!」とオーダーが入る客。同じモツ煮なのにひとりだけ豆腐に楊枝が刺されて差し出される客。どちらも常連なのだろうが、それぞれにこの空間を楽しむ流儀を持ち合わせている。
 「中(なか)、ちょうだい!」とは、ホッピー用の焼酎をおかわりする際の合い言葉。気っ風のいい言葉に思わず焼酎が余計に入る。「おいおい、社長。そんなに入れてくれちゃ〜、酔っぱらっちゃうじゃねぇの」と、注がれた方はなんだか嬉しそうだ。あきらかに社長でないその店員を“社長”と呼んでしまうのも、気分で多めに焼酎を入れるのも、立ち呑みで交わされる心憎いコミュニケーションである。

 私の隣りを陣取ったその人は、「最近はほんと仕事が半日ばっかで、お金になんないよ。今日も6000円にしかならなかったし」と続けて“社長”にぼやいている。
 日雇い労働者と思われるその人は、もしかすると日々の生活が楽でないのかもしれない。それでもいつも立ち寄るこのカウンターで、労働後の汗をシャワーで洗い流すが如く、きれいさっぱりにリセットして、帰路についていっているのだろう。
 ネギ少なめのモツ煮を食べる人も、豆腐に楊枝を刺す人も、同様に一日の最後を各々の作法で締め、また新鮮な気持ちで明日を迎えるだろう。それは礼拝堂やモスクの空間となんら相違あるものではない。大仰かもしれないが、立ち呑み屋には、人が幸福感を感じるための崇高な空間デザインが施されており、日本が世界に誇れる文化遺産だと言えなくはないだろうか。Img_0664_2
 私はユネスコに断りなく、勝手に立ち呑み屋を世界遺産に認定することにして、30分といなかった立ち呑み屋を後にした。

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コメント

いやー、秋津駅と新秋津駅の間のお話。

それだけで、情景が目の前に立ち上り、あとは意識の焦点があわなくなりました。

以前、あの近くに住んでおり、生きているのか死んでいるのかわからなくなるような状態で、運命のようなものに振り回され、泥沼をあがいているような時期がありました。

そういえば、黙々とたくさんの人が歩いてましたね。私は店に寄ろうと思ったことは一度もなかった。きっと別世界を歩いていたのでしょう。

ああ、熟れた柿の木の向こうの西空に、さらに紅い夕陽が見えていたのは覚えています。


いいなあ~たちのみや。
モツ煮にホッピー。

近所にないから、
家で、イメージたちのみやでもしないと。
なぜ立つの?と不審がられそう(笑)。

そういえば、
秋津はトンボの意味ですよね。ふと思い出しました。

そういえば、
立ち飲み屋といえば、吉祥寺のいせ屋さんを思い出します。伝説的な歌手、高田渡さんもよく来ていたらしいです。友人が一度ご一緒したと言ってました。

そういえば、
石川さんの名前「一喜」は「かずよし」でしたね。まちがって「かずき」と別のMLで書いてしまいました。「かずき」は昔担当した生徒の名前でした。失礼しました。一喜一憂。

「せんべろ」って面白い響きの言葉ですね。私も最寄り駅が西武池袋沿線のため、秋津駅と新秋津駅のルートにはなじみがあります。
 「野島」の他、「サラリーマン」などといったレトロな熱気や猥雑さがとても好きで、たまにカミサンと行きます。
 また、最近は所沢駅から徒歩5分のところに「東家(あずまや)」という古民家風の居酒屋があってとても気に入っています。
 今度西武池袋沿線の方で集まって、団扇を仰ぎつつ、蒸し暑さの中でオッサン化したいですね(笑)。
 

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