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2010年6月 4日 (金)

8ヶ月以上宣言

 追われに追われていた原稿がとうとう脱稿した!(8月上旬に『開発教育で実践するESDカリキュラム―地域を掘り下げ、世界につながる学びのデザイン』のタイトルで発行予定(共著)。乞うご期待!)。脱稿した時の気分は本当に爽快だ。高校生の時、期末テストを終え、校舎を出た時の気分がまさにそれだった。快哉を叫ぶとはこういうことを言うのだろう。
 以前にも書いたが、遅筆である私にとって、脱稿まではまさにフルマラソン完走の如くである。いや、ゴールがまったく見えないのは一緒だが、一歩一歩踏み出して、確実に前に進んでいる感覚があるだけフルマラソンのほうがいいのかもしれない。私の原稿の進み具合は、水前寺清子の如くである。三歩進んで二歩下がる。本当に非効率極まりない。

 さらに悪いことは波及するもので、「早く書かねば」という焦りだけが先立ち、他のことも手につかない。趣味のジョギングは半月ほどまったく走る気が起きなかった。せめてどれかひとつだけでもやればいいものの、不思議なことにどれも手つかずのまま、一日を終える。そして、ほぼ同じように後悔する日々が繰り返される。「1日1ページだけ書いていれば7ページも進んでいたのに」と週の終わりにふりかえると、「そんなことも俺はできなかったのか」と自己嫌悪に陥るが、ソロバンどおりに動けたら、人間、苦労なんかはしないのだ。こういう時は安易に相田みつをの「にんげんだもの」の詩にしがみつく。自分の弱さが「だって人間なんだも〜ん」で許されてしまう本当に都合のいい詩なのである。少なくとも私にとっては。

 ただ、原稿を抱えている時、唯一、抜群に発揮できた能力がある。空想力だ。あるいは妄想力、現実逃避力と言い換えていいかもしれない(笑)。
 あれこれ現実逃避で空想をめぐらせていると、ブログに書きたいネタがどんどんと膨らんでいく。「冷やし中華のナゾ」「無洗時代到来!?」「五重塔とムササビ」「おもてなしのデザイン」「ら抜き言葉、いいではないか」「由紀夫君が悪いのか」…etc
 アイデアだけは貯めておいた。今度は皆さんの空想力の出番である。私が上記のテーマで何を書くのか、お楽しみにしてもらえたら幸いだ。私は遅筆改善のトレーニングも兼ね、これからは精力的に書いていこうと思う。週に2本ペースは堅持したい。

 宣言だけは潔くした。あとは読者の皆さんからの支持率が落ちないよう、8ヶ月以上は踏ん張りたいものだ。うちの窓にはしばらくヒヨドリは寄ってこないことを願いたい。

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コメント

自分のところには毎週ヒヨドリがきてます。

脱稿おめでとうございます。
(田中先生も苦しみながら書いておられた本ですかね)

生みの苦しみから(しばし?)解放されて、あたためたネタでブログに花を咲かせてください。

ところで、
ヒヨドリと言えば、昔は街中へ冬に山から下りてやってくる鳥だったようですが、1970年代より都市部に進出したらしいですね。

頭はボサボサで、雑食性。他の小鳥を追い払うようなたくましさ。すごい群れにもなるし、名前の由来らしい「ピーヨ、ピーヨ」の鳴き声は、うるさいこと限りなし。

そういえば、
このところ、山ではホトトギスが「てっぺんかけたか」と、いい声で鳴いています。でも、もし、何か執筆中の人が聞けば、「~かけたか」の部分がきっと気になるでしょうね。

ホオジロよろしく一筆啓上仕り候。

まったく釈迦に説法ですが、書くことに関してちょっと私見を。

時間に比例して進む作業とは違って、(創作的な)書く作業をするときに、すぐに行き詰ることがあると思うのですが、そのときに有効な方法として、発想や見方を変えたりすることが求められるように思います。
一種の「対話」と言ってもいいと思います。(読者にとってもその部分が読みどころになることが多いでしょう)
その方法としては、まず、自分の中で対話することでしょうが、
それもすぐ行き詰るので、そのあとは、

1.場所を変える(散歩など)

2.友人や家族などに話してみる

などが有効かな?と思います。
そして、それでも前へ進まなければ、

3.その段階での自分の限界を受け入れて、あきらめる

ことではないかと思います。

脱稿後に時間をかけて同じ問いかけを自分に課していけばいいと思います。「もう少し時間をかければもっといいものが」という思いを絶つのは人によっては厳しいかもしれないけれど。

「いいもの」の定義は多様すぎてわかりませんが、そのひとつを「書き手に、より納得のいくもの」というものだと仮にすれば、

4.時間をおいてから手を入れる時間を確保するために、早めに草稿を書いて「寝かせて」おく

のが、一番、目的にあっている方法だと思います。
草稿の段階では、表現などにはこだわらず、アイデアと構成に重点をおき、しばらく寝かして忘れたころに手を入れるときには、表現を重視し、音読もしてみる。。。とか。

論文と創作とかジャンルにより違ってくるでしょうが、遅筆対策になると思います。
つまり、後ろに倒すのではなく前倒しという戦法です。

危険性としては、再び見直したときに全否定したくなって、一から書きなおし!という衝動に駆られこともままあることですが、それでも、そういうときこそ、本当にいいものが書けるし、そのときの筆の進みはまったく自分じゃない誰かが乗りうつったようなものに。。。(なるかも)。ま、たとえ失敗しても、草稿は手元にあるわけですから、(不本意でも)提出はでき、編集者もハッピー。

締め切りも何もない書きものの場合でも、「あまり考えないで書くことから作業をする」とうまくいくことが多いように思います。ちょっと書いたもののまわりに結晶作用が起こって膨らむので。ブレインストーミングよりも、もう数歩進んだ段階のものを「独立したメモ」に書いておくという方法も有効なようです。

追記:DEARのMLで推薦されていた平田オリザさんの対話の本、読んでいます。面白いですね。できたら、こちらのブログでも取り上げてみてください。

 森井さん、いつもコメントありがとうございます。私のブログより量的にも内容的にも充実してますね(笑)。
 遅筆対策案、参考になりました。「寝かす」というのは、昨今流行って話題になった、外山滋比古さんの「思考の整理学」で言ってることと同じですね。私もそういう風にしたいと思いつつ、いつもできないので、困ったもんです。

わたしは寝かせすぎ?(笑)

『思考の整理学』ではないのですが、同じ外山滋比古さんの『忘却の整理学』筑摩書房 を読んでみました。

その中に「原稿を寝かせる」と言う一節(pp.117-118)がありました。
何でも寺田虎彦は、執筆依頼を受けると、その日のうちに書いてしまって、締め切りまじかまで寝かせておき、読み返してから原稿を渡していたそうです。

「原稿は風を入れて、ひととき寝かせてやらないと、うまい推敲にならない」と外山さん。

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