骨髄バンク支援

  • 走り続けて、骨髄バンク支援!
2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

« 22年前の53連勝 | トップページ | ニクいサプライズ »

2010年9月21日 (火)

チューちゃんはどこ?

 親バカ永久宣言をして早3週間、宣言どおり、親バカを貫いている。「目に入れても痛くない」とはまさにこのことで、むしろ「目に入れたい!」ぐらいだとややM的になっているほどだ(笑)。

 名前は日月生(ひづき)と名付けた。妻がお日様とお月様が大好きであり、陰陽といった考え方に深く共感していることが何よりも影響している。無論、私もそれには賛同している。
 で、とりわけ彼女は月のほうが好きなのだ。いつも燦々と燃えたぎっている太陽よりも、影があり、満ち欠けのある月が好きなのだそうだ。人の心も人生もそうだということで、有為転変なさまを表しているところに価値を感じているのだろう。月がもつ「影」というところへも、「“見えていなかったもの、目を向けてこなかったもの”にこそ、大切なものがあり、そういったものへ思いを馳せられる、耳を澄ませられる人になってほしい」との意味を見出しているようだ。

 これは全くの余談だが、月好きが高じて、「結婚をしよう!」と二人で確認しあった日、彼女が「満月の日に式を挙げたい」と言い出した。それぐらいの我が儘は聞き入れてやろうと「うん、いいよ」と生返事したのが運の尽き!? 多くの友人らに祝ってもらいたかったので、当然、式は週末に挙げることを想定。即座に二人でカレンダーを覗き込んで土日に重なる次の満月を調べたところ、それがなんと約1年後…。有無を言わせず、春夏秋冬、季節が一回りして我々の式は執り行われた。

 さて、では「なんで“日月”ではなく、“日月生”なのか?」という疑問が当然湧いてこよう。自分もできることなら、出席をとる先生を困らせるようなややこしい名前を付けるのは止そう、と常々言ってきた。が、どうも“日月”だとあまりにシンプルですわりが悪い。しかも私の苗字も妻の苗字も画数の少なく(私に至ってはすべて小学校一年生で習う漢字になる)、4文字トータルで見るとなおシンプルになるのだった。
 そこで、3文字案が浮上し、「生」の字を付け加えることになった。妻は「みんなに“生かされている”んだという思いを大事にしてほしい」との願いをそこに込めていた。妻の提案を私は自分と重ねあわせ、自分も“生かされてきた”我が人生を、娘へとつなげられた万感を「生」の字に託そうと、最終的にはその案を承諾した。
 難病を克服し、2004年のアテネオリンピック聖火ランナーをさせていただき、NHK「おはよう日本」の特集で取り上げられた際、奇しくも「“生”をリレーすることができた」とインタビューに答えている。「生」とは、なんともいい字を最後につけられたなと納得して出生届を出すことができた。

 ただ、これは出生後のお話である。出生前は二人とも決め込んだ案はなく、なんとなくお腹に向かって「チビちゃん」と呼んでいた。僕たちは人工授精で子を授かったので(このことは後ほどブログで詳しく取り上げる予定)、ミクロの段階から日月生を見ている。だからなのか、本当に本当に小さな小さな生命で、どちらからともなく「チビちゃん」と呼んでいたのだった。
 しかし、妊娠後期になってから「次の診察日までに2500g相当に大きくなっていないとねぇ…」と担当医にプレッシャーをかけられ、妻はその日からチビちゃんと呼ぶことを躊躇うようになった。

 さぁ〜て、呼び方がなくなり、はたと困る。そこで、もうじき4歳になる甥っ子に無茶ぶりだとは重々承知で訊いてみた。「なんて呼んだらいいかね?」と。すると「チビちゃんじゃないなら、中くらいのチューちゃんでいいじゃん」と言う。我々夫婦に妙案はないので、可愛い甥っ子の提案をそのまま採用することにした。
 名付け親である甥っ子は、それからというもの、お腹をこわごわ触りながらも「チューちゃん♪」と何度も呼びかけてくれた。お腹がどんどん大きく成長していくさまに目を丸くしながら、甥っ子は赤ちゃんの誕生を待ち焦がれている、、、もんだと思っていた。

 日月生が産まれて少し余裕が出てきたので、この連休中に妻の実家でBBQをやることになった。もちろんあの甥っ子も来る。
 その話を事前に義母が甥っ子にしたところ、「BBQには9人来るんだよね?」と訊いてきたという。実際には、義父母、義姉夫婦と甥っ子、そして我々夫婦と日月生の8人である。義母が「8人でしょ」と諭すと、それでも「違うよ、9人だよ」と甥っ子は言いはる。そこで、指折り数えていくのを義母が聞いていると、最後に「ひーちゃん(日月生)とチューちゃん」と言ったのだそうだ。彼の中では、お腹の中の胎児が今は赤ちゃんとなっていることがどうもつながっていなかったらしい。

 そこで、BBQの時にちょっとからかってみようと甥っ子を呼び、「チューちゃんはどこ?」と訊いてみた。すると5秒ほどじっくりと考えた後、一休さんがひらめいた時のように、ニッと笑い、「チューちゃんはひーちゃん!」と自信をもって回答した。
 甥っ子は、後に義母からお腹の中の胎児が外に出てきてひーちゃんになったのだということを聞いたらしい。その義母の言葉を彼なりにゆっくりと解釈し、やっとのことでお腹の中のチューちゃんと日月生がつながったのだった。

 子どもの思考回路というのは本当に面白い。「合理的に考えよう」などとはしないところに、時々大人は驚かされる。そして、それを「嘘だ」「事実でない」と決め込んでしまうところに大人のつまらなさがある。
 赤児を取り出すところを実際に見た私であれば、チューちゃんと日月生はつながりやすいかもしれないが、その瞬間に立ち会っていない甥っ子からしてみれば、それを俄に信じるわけにはいくまい。あるいは、そういうリアリズムではないにせよ、“形而上の胎児”と“形而下の赤児”を区別した甥っ子の哲学的発想は賞賛すべきでもある。

 一方、甥っ子のその発想を大事にしつつも、彼が社会の中での学びを一歩進めることができたというのも認めてあげたい。
 “学び”とは何かと何かがつながっていく現象である。無限に広がる道をあちこち歩いていると、不意に「この道はあそこにつながるかもしれない」「ここは抜け道かもしれない」という直感が走る。もちろんそれが見当違いであることもあるのだが、信じてみたその道が思い通りの空間に拓けた時、新たな境地に至る。それが“学び”というものではないか。

 以前、あるメーリングリストで「学びとは バラバラなことが つながる快感」という標語のようなアフォリズムに出会ったが、まさに言い得て妙。甥っ子はチューちゃんと日月生がつながることによって、自然の神秘や生命の尊さをきっと感じ取ってくれたと思っている。

« 22年前の53連勝 | トップページ | ニクいサプライズ »

育児」カテゴリの記事

コメント

日月生さんですね。(明生さんだと男性の名前っぽいですもんね。)

胎児と赤児との名前(呼び名)の話、面白いですね。形も大きさも
似てなければ、別の名前がつくことが多いので、昔の武家?のように
幼名などがあるのもよくわかるような気がします。

苗字の方もそうですが、名前ってけっこう大きな意味を持っていますね。

あだ名やペンネームのようなものを含めて、その力を上手に使って
きたような気がします。
北斎のように何十も変えた人も、その必然性が本人にはあったんでしょう。

また、逆に、他と区別するための名前は、自分のためではなく、「他者」のために
ある、という側面も強く持っているのを感じます。


「ところで、日月生ちゃんは何月何日生まれ?」みたいな連想文が浮かびました。
ご両親のいろんな思いが込められているのがよくわかりました。
いい名前ですね。


この前、「爆問学問」で鏡に映った自分をどうやって自分だとわかる
のだろうか?みたいな実験をやっていた。

どうも自分が動けば、像も同時に動く。。というようなところに
関連性を見いだすようで、2秒ほど遅れた映像を見せると、
あの子誰?みたいになっていた。

自分ならこう行動するはずなのに、どうも違う。理解できない。
というような感覚を持つと、大人でも自分かどうかわからなく
なると思う。
私自身、最近、高校時代に書いたメモが発見され、これを
書いたのはどうも自分なのだけど、今の自分と、どこまで
重なっているのか不安になった。どうも、かなり他人に感じた
からである。

自分はどこまで自分だと言えるのか?名前を変えずにいたら、
それで自分はつながっている。。。のか?そんな疑問もわいた。

追記:
名前の場合、漢字表記と関係なく読み方をつけても
問題ないと聞いたことがあります。
(例:春子と書いてフユコと読ませるなど)
本当でしょうか?どうもそうらしいんですけど。

ふと、
「名前と自分の間にもっと隙間があった方が生きやすいのでは?」
とか、
「私は○○です。というより、私は○○を今演じている、というのが
現実的ではないか?」

などと、ぼんやりと名前のことを考えていたら、

昨夜、ネームロンダリングというのを、「クローズアップ現代」でやってました。

借金で困ったりすると、簡単に形式的な養子縁組をして、公的に名前を
変更し、返済を免れようというものらしいです。罪悪感はないらしい。

う~ん、どうやら、現実の方が先に行っているようですね。

名前と自分との関係は、かなりおもしろいと思います。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549757/49511849

この記事へのトラックバック一覧です: チューちゃんはどこ?:

« 22年前の53連勝 | トップページ | ニクいサプライズ »