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2010年10月 7日 (木)

文の京12時間リレーマラソン

 スポーツの秋、ほうぼうで運動会真っ盛りである。

 小中学校時代、私は毎年、リレーの選手に選ばれていたから、走るのは結構速い方だった。祖母はそれを見るのがとても痛快だったらしく、出不精であるのに毎年の運動会をとても楽しみにしていてくれた。それに応えてあげるのが孫の使命で、運動会は誇らしげな気分になれる時間でもあった。
 母親も足が速かったらしく、「走る時は、いくらでも足を軽くするため、足袋を履くもんだ」と自分の幼少時代の勝つ術!?を伝授し、私は言われるがままにいつも足袋で運動会に出ていた。それをあまり嫌がらなかったのは、他にも足袋を履いている子が相当数いたからだった。運動会前になると新しい(スポーツ用の?)足袋を新調しに、用品店にみんな出かけていたと思う。今振り返れば、なんとレトロな時代なんだろうと思う。ただ単に“軽ければいい”という非科学的な智恵が闊歩しているところが、なんとものどかな風景ではないか。

 ただ、大人になると運動会の様相は一転する。昔取った杵柄は通用しない。“格好いいお父さん”でありたいとは思うのだが、39歳で生まれた我が娘の運動会に出るころには、10歳以上年下のパパたちと競わなくてはいけない。“父の威厳”を保つには条件が厳しすぎる…。

 この間の日曜日、地区の運動会があった。昨年は引っ越してきたばかりだったので状況もよく分からず、おもしろがって夫婦で「リレーに出てみよう!」と回ってきた回覧板に記名し、エントリーした。実は、見かけによらず妻も足が速かったらしく、いまだに信じられないのだが、学校で一番の俊足だったという。「追い越された記憶がない」とも豪語するのだから、きっとそうだと信じてあげなくてはかわいそうだ。事実、彼女は昨年、トップでバトンをもらうと、追い越されることなく、そのまま次のランナーへとバトンを引き渡した。

 私も昨年は、前を走る人を少しだけ詰めて、「まだいけるかも」という手応えを感じたのだが、今年は出産直後の妻は出ないし、30代の枠をギリギリ39歳で出場するのは「いかんせん、不利」と判断し、エントリーを控えることにした。しかし、運動会前夜、「人が足りないので、出てくれませんか」と班の体育委員長から電話。気乗りしないものの、出場することにした。
 すると、当日会場に行ってみると、なんと「石川さんは20代のところで走ってね」と、有無を言わせず体育委員長。出てくれるという人がいなさすぎて、無理やりな人員配置となったらしい。もうここまで来たのだから、腹をくくるしかなかったのだが、幸か不幸か、我がチームは大差のどん尻をひた走り、緊張感もなくレース終了…。

 大人になってまで率先して運動会に出ようなんて人は奇異なのかもしれない。それでも、たとえ運動が苦手でも地区の行事にもう少し関わっていこうという気構えがあってもいいのではないか。“つながる”ことの豊かさを自ら見過ごし、どんどん放棄してしまっていく今の社会にテコ入れしたい。だが、どこにレバレッジポイントがあるのか、いまいちつかみきれない。
 軽い筋肉痛とともに、そんな思いも今だ引きずっている。

 筋肉痛と言えば、久々に階段を下りる時、チャップリンのように足を棒にし、横にスライドしながらでないと下りられない(って、イメージできないかな)ほどの筋肉痛に先日なった。9月25〜26日に行われた「文の京12時間リレーマラソン」に参加した翌日がそうだったのだ。
 これは今年で2年目の大会で、文京区スポーツセンターの周り1.2kmの周回コースをチーム(2〜10名でチーム構成)で延々と12時間タスキをつなぐというものである。今年、学内でランニング愛好会(通称「拓大楽ラン倶楽部(TRC)」)が立ち上がり、顧問となった私も含め、「みんなで出てみよう!」という運びになった。(ただし、まだ立ち上がったばかりで人数が少なく、チーム編成ができないので、「国際開発教育ファシリテーター養成コース」の受講生の方にも声をかけ、やっとのことで9人のチームを構成した。当日、体調不良者が出たため、本番は8人で臨んだ)

 会場には、区内に不二家の本社があるからか、ペコちゃんがいて、「大会」というよりは「お祭り」という雰囲気を醸し出している。みんな、真剣でありつつもめいっぱい楽しんでいる風である。何よりも選手と応援する人らで賑々しく、その空気の中にいるだけでハッピーになってくる。
 表立っては地域のNPO法人が主催していることになっているが、その代表が区議会議員であるから、どうも大会は議員さんたちの働きかけが大きくあるように思わImg_0884_3れる。もちろん、昔ながらの「地区の運動会」というのも私は好きなのだが、行政や議員さんたちからの新しいアプローチでのこうした“地域の楽しみ方の発掘”が必要なのではないか。つながり方は、タテもあり、ヨコもあり、そしてナナメもなくてはいけないのだろう。

 本格的な大会へチームとして初の参加であった我が楽ラン倶楽部は、陸上経験者がほとんどいない中、77チーム中36位と大健闘であった。周回数は105周、走行距離は126km。 睡眠不足で走り続けるというのは、かなりしんどくはあったが、とにかくみんなで大会を楽しみ、笑顔でゴールすることができた。
 こうして楽しく運動を続けられるのであれば、10年後の運動会だってまだイケるかもな(笑)。

Img_0885_3                      12時間走り切り、ピース!

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コメント

走るって、たぶん、ヒトにとっては(日常生活上は)不自然な
ことなんでしょうが、
よく考えてみると、走れる時期っていうのも長いものでもないんだ
と、最近になってようやく悟りました。

リレーの話を書かれていましたが、私も、30代で運動会で
脚が脳についていかず転倒、40代で太ももの筋肉が切れて
紫に染まり、今ではジョギングをするのが精一杯。
(それでも、まわりの先輩諸氏は歩くのが精一杯のようす)

下半身には、全身の筋肉の3分の2があるというけれど、
やがて、それらが衰弱して、移動ができにくくなるのは、必定。

脚がヒトを「動物」として支えているんだなあーと悟りました。

走れるうちに(無理しないで)走りましょう!


昨日のNHK「朝イチ」という番組だったと思いますが、「Born to Run」の紹介
と、「裸足(または靴をはかないで足袋)」で走ることを推奨していました。

かかとからの着地ではなく、足先からの着地。。。なども。

そんなことを思い浮かべながら、昨日も山道をジョギングしていたんですが、
上り坂では、足先から着地してますね。(ま、当たり前なんでしょうが)
そのほかのところでも、前傾姿勢になっているときは、つま先からに
なってました。(ま、これも当たり前か。。。)

下り坂の走りは、けっこう難しくて、スピードを抑える感じになりがちですが、
「歩幅を小さくして」「ちょっと蟹股気味に」走ると、負担がすくなくなるような
気がしましたが、これでいいんでしょうか?

余談:
走るのは気持ちいいんですが、散歩のじいさんが蛇を杖でいじめていたの
には、不快になりました。

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