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2010年12月24日 (金)

イブになにをする?

 すでに授業は20日に終了していたので、22日の神奈川県の高校の教員研修が(実質的な)私の仕事納めとなった。今年は「どうも冴えなかったなぁ」と反省するワークショップや講演がいくつかあったのだけど、研修を依頼された先生から、満足げな表情を終了後に見ることができたので、「終わり良ければ、すべて良し」とホッと胸をなで下ろすことができた。

 言うまでもないが、こういう日のビールは実にうまい!(あれ、前にも同じことを書いたような…) ただし、授乳中の妻の前ではキリンフリーを飲んでいるのだけどね。

 この日は2ヶ月前から復活させた「満月企画」の日でもあったし、冬至だったのでキャンドルナイトの日でもあった。仕事納めの乾杯をするには“盛りだくさん感”があって、なおのこといい。
 ちなみに、「満月企画」とは、月に一回ぐらい、変わったことをしようという私たち夫婦の小さなイベントだ。夫婦間の決まり事や取り決めと言ってもいいだろう。これも前に書いが妻の月好きが高じて満月の日に結婚式を挙げたので、なにかにつけて夫婦のイベントが新月や満月のタイミングで行われる。
 あれ、こんな書き方をすると「ほとほとウンザリしている」風ではないか。いや、そんなことは断じてない。声を大にして言おう! 私はこの月一回のイベントを毎月心待ちにしている!(妻がこのブログをよくチェックしている…)

 もとい。
 結婚したての頃に始まった満月企画はいつの間にか姿を消し、そしてふと2ヶ月前、「毎月交互に、普段はあまり食べないものを調達してきて食す」となって復活した。まずは私からということで10月に調達してきたのは「まつたけ」。

 仕事帰りに西武池袋で買ってきたのだが、案の定、値が張った。2,000円との値札に驚くが、ここで手を引っ込めては復活最初から満月企画の存在意義が揺らぐ。たかがキノコだが、それだけを持って思い切ってレジに並んだ。Img_0973
 2,000円にビビっていた私だが、その横には3万円という値札のあるものがいくつも並んいたのだ。「こんな程度でビビっていては…いい買い物をしたではないか」と自分を慰め、改めて手に持ったまつたけを眺めると、、、値札は20,000円ではないか! 慌てて列を抜けたのは言うまでもない。20,000円の食材を買う勇気もなければ、経済力もないのだ。よくよく探すと、紛れもなく2,000円と書かれたアメリカ産というまつたけがあったので、レジに並び直してそちらを購入。
 なにもアメリカ産だからではなく、決して負け惜しみでもなく、「みんなが騒ぐほどうまくないよねぇ」と妻と顔を見合わせた。きっと我が家の食卓にはまつたけは今後のぼらないであろうことを確認して復活第1回は終わった。

Img_1008  第2回、つまり11月は妻の担当で、激辛四川鍋の素を通販で用意していた。写真で見ると(火を入れる前なので)分かりづらいが、この後、鍋の中はますます赤くなっていく。が、これは結構ヒットだった。

 第3回の今回は再び私で、韓国・北朝鮮の代表的なスープ料理であるサムゲタンにした(写真で見ると彩りがなくまずそう)。コラーゲンたっぷりで、妻が前に友人宅でいただき、「おいしい」と言っていたのを思い出したからなのだが、正直なところ、それ以外のアイデアが何にも思い浮かばなかったのだ。Img_1092_2
 結果から言うと、妻が授乳中ということでできるだけ摂らないようにしているもののひとつが交じっていて、妻はほとんど手をつけられなかった…。

 挙句の果てには、ろうそくを灯していたのだが(写真はキャンドルナイトのキャンペーン用でもらったキャンドルホルダー?)、「なんか息が詰まるねぇ」「色が分からないと、味覚も鈍る感じがするね」と言い始め、Img_1091 「つけちゃおうか」と10分ももたず。

 しかし思うのは、こうして意図的にイベントごとをつくっていくのは悪くない。人はきっかけをつくらないと何もしないままの受け身な動物である。夏休みの最終日にならないと宿題に着手しない私なんかはその最たるものである。

 今年は娘が生まれ、1ヶ月後にお宮参り、100日後の御食い初めと行事をこなした。そんんな行事があることは昨年まではあまり知りもせずいたのにだ。
 これからだって七五三があり、学校にあがれば入学式、運動会、学芸会と次々と行事が展開される。そんなことを今から想像するだけで楽しみでしょうがない。行事はその時だけではなく、その前段階から日常を楽しませるための装置として働いているわけだ。そう思うと、次の私担当の満月企画を何にするか、今からワクワクしていなくてはいけないのだろう(笑)。

 今夜はクリスマスイブ。
 巷では、個々にさまざまな“イベント”が繰り広げられることであろう。メディアが騒ぐほど、クリスマスは幸福なものではないかもしれないが、だとしても「なにかしよう」というソワソワ感は多くの人が持ち得ているのではないか。街中に流れるクリスマスソングにはそんな力がある。
 我が夫婦も付き合っていた時のようなクリスマスにはもうならないが、“なにか”はしてみようと思う。その“なにか”はきっと後で意味づけされるのだろうから。

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コメント

家庭でイベントを作るなんて、大変そうだけど
楽しそうですね。読んでいてほほえましいなあと
思いました。

私自身は、
今や国民的に当たり前になっている?誕生日会も
クリスマス会なども、私の家では経験がありません。
そういうのがあると知ったのもかなり遅かったように思います。

クリスマスにケーキが売られていて、母に「どうして?」
と訊ねても、母も知りませんでした。小学生のときに
誕生会に呼ばれて、どう対応していいのかわからず、
父に相談して、ン万円の壺みたいなのを持参する。。
と余計にトンチンカンなことになったのも思い出します。

マツタケは(母の実家の)裏山に以前たくさん生えていて、
マツタケご飯では、ごはんよりマツタケの方が多かったという話は
きいたことがありますが今では、マツタケはまったくなく、あったっけ?
みたいな状態です。春の竹の子も猪にみんな食べられます。
ま、これももともとは彼らの食べ物だったのを人が横取りして
いたのかも知れませんね。

身近な家族の人のブログや日記をチェックする気持ち。
自然といえば自然ですが、先日あったNHKの番組
「トルストイの家出」にもありましたが、ああなってくると
大変ですね。
(私)小説家の家族などはあえて作品を読まない方が
多いようですが、それはそれでとても賢い工夫だと思います。

「イブに何をする?」ということで、思ったこと。

まず、
イブって、その祝祭日よりも実は気分が高揚する
のかも。祝祭日には決まったルーティーンの「行事」
が粛々と執り行われるだけの感じですが、イブはもっと
個性的な時間への想像が、期待感の中で無限に広がる
感じですね。日曜よりも週末の方が楽しいのと似ている。

次に、
「何をする?」が関心の中心である人もいれば、
「どこにいる?」とか「誰といる?」とかが気になる
人もいそうですね。また、どれにも当てはまらない人
もいそうです。そういうことを考えると、自分はどんな
人生を送っているのかが透けてみえてくるようにも
思います。

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