骨髄バンク支援

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2011年1月

2011年1月29日 (土)

持続可能性(続けられること)

 今、NHK総合で『イチロースペシャル ぼくの歩んだ道〜特別対談「大リーグの10年」 with 糸井重里』を観ている。今ネットで調べてみたら、どうも元旦に放送されたものの再放送らしい。こんなにビッグな対談を深夜1時過ぎに放送するはずがない。もう寝るつもりだったのに見入っている。

 「告白するとしたら」という話の中で、イチローは「真っ昼間にするのがいい」、そして「睡眠は十分にとった時のほうがいい」と回答を気にする住吉美紀アナに話していた。「ムードが盛り上がった夜に(勢いで)言うのではなく、普通の状態の時に本気でそう言えるようでなければならないと思いますよ」と言い、「よく“寝ないで考えたんだけど”と(「俺はすげぇ〜考えたんだぜ」と釈明するがごとく)言う人がいるけど、あれ、ボク嫌いなんすよ。寝なきゃダメでしょ。十分に寝た頭でそういうことは言わないと」と言っていた。

 意外だったのは、糸井重里氏がそれに対して「持続可能性」という言葉で返していたことだ。私のゼミのテーマは"Sustainability" つまり「持続可能性」である。対談番組の中でそんなワードが出てくるとは思わなかった。
 糸井氏がイチローを評するのに「持続可能性」というワードを出してきたのは、彼が“続ける”ことの天才であるからだ。告白することにおいてさえ、彼の思想には「持続可能性」が横たわっている。この人(この場合、弓子夫人)が一生一緒にいられる人かどうかを見極める術が彼なりにあり、日常においても“続けられること”を心得ていたというわけだ。

 「100点は目指すけども、結果は必ずしも100点じゃなくてもいい。じゃないと疲れるでしょ。絶対にもたないですよ」といったこともその後言っていた。我々が思う彼のスタイルは完璧主義者だが、実際の彼は満点じゃなくてもいいから“続けられること”に主眼を置いている。

 右肩上がりの幻想にお尻を叩かれながらヒーヒー坂道を上ることは本意ではない。千本ノックを受けないであろうイチローもきっとそう思っているに違いない。

 さて、もう寝なくては。明日(今日!?)は友人ら多数をよんで、家で楽しく鍋パーティーなのだ。楽しみ続けるには睡眠は必須である。


【地球の食卓(石川編) No.4】
 湯あがり堂サイダー

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家族で日帰り温泉に行った時に見つけたサイダー。
そのシチュエーションで買わずにはいられないレトロなラベルで95mlの可愛らしい小瓶。けども、実はまだ飲んでいない。飲むより想像するための代物にも思えてくる。

2011年1月18日 (火)

無洗のススメ

 うちのゼミの女性陣になんと言われるだろうか。きっと思春期の女の子たちが父親に理不尽に示す「パパのパンツと一緒にしないで!」攻撃と同等のものを喰らうかもしれない。どんなに真面目な顔をして諭しても聞き入れてもらえず、「そんなこと言ったって、先生はどうせ…」と腹の内ではそっぽを向かれるのだろう。

 それでも今日ここにカミングアウトしようと思う。
 私はこの一年、髪を洗ってない!

 この書き方では少々誤解をまねくから、正確に記すが、「髪を洗っていない」と言っても汗を掻いたままフケだらけにしているわけではなく、“シャンプーを使って”洗ってはいないというだけのことだ。しかもこの一年間に10回程度はシャンプー使用の洗髪もしているわけで、月一回の頻度では紛れもなく洗っているのである。あくまで“ほぼシャンプーなしで”洗っているというだけなのだ。
 え、それを言っても印象は一緒だって・・・。

 私が髪をシャンプーで洗わなくなったのには、きっかけがある。
 毎年末、きまって仕事納め翌日の12月29日から一泊二日で大学時代の親友らと温泉旅行に出かけている。「今年一年頑張ったぁ!」という自分たちへのご褒美であり、「今年もみんな元気でよかったね」という互いの確認作業でもある。それは“煤払い”的なたいそう大事な恒例行事なのだ。行きの電車に乗り込んだ瞬間から缶ビールを開けて乾杯し、翌日帰宅する寸前まで、ただただアルコール漬けになる。毎年思い出話にふけるのだが、その思い出話だって毎年同じものだ。
 そんな不品行な旅行だが、本来、煤払いは、神聖な日に行い、終了後に神酒や赤飯を供えるということだから、そんなに趣旨から外れてはいない気がする(笑)。

 そうだ、洗髪の話だった。
 宿に着くなり、みんなで温泉に入りにいこうとなり、思い思いに湯につかっていると、親友Kが洗い場へ向かう。そして洗面器に汲んだお湯のみで髪を洗い始めた。
 そう、彼がシャンプーなしの洗髪をするきっかけとなった張本人である。聞くと「もうだいぶ前からやってるよ」とのこと。で、全然問題ないというのだ。さすがに夏場はシャンプーを使うことがあったそうだが、やり始めて数週間で頭皮の感じが良くなっていったのだそうだ。
 適度の油分まで取ってしまうシャンプーは体に良くないのでは?というのが彼の持論である。

 その話を聞き、直感的に合点がいったのと、中二の時に習った英語教師(女性)が「髪を洗うのは二日に一回でいい」と乙女心満載の女子中学生に向かって臆せず主張していたのを思い出し、さっそく昨年正月からそのポリシーを私も押し通すことにした。(ちなみに、元旦の「一年の計」で達成できたのは、これぐらいか…)

 たしかになんともない。シャンプー洗髪していた以前とそれ以後で、感覚的にはまったく遜色ない。ただ、それが自覚の問題で、私が気づいていないだけかもしれないおそれがある。それは困る。

 そこで、「お前は汗かきだから、すぐに頭が臭くなる」と言ってガシガシ息子の頭を洗っていた母親(ちなみに実家は床屋です)で試してみることにした。
 帰省していつものごとく散髪を頼み、シャンプーをする前おもむろに「俺の頭、匂う?」と聞いてみた。「何を唐突に聞くのだよ、我が息子よ」とやはり訝しげな表情をしつつも、血のつながりはそれをも可能にしてしまう。
 「別に匂わないけど」と答える母親に、我はしたり顔。

 「あのね、しばらくシャンプー使って洗ってないんだよねぇ」

 そんなはずはない、とスキンシップによった母親特有のセンサーばかりか、職能までをも否定され、母親、ただただ苦笑い。
 実験成功!

 気をよくした私は、調子こいて、そのまま夏をやり過ごしてしまった。時折、妻にも(嫌な顔をされながら)確認してもらい、女子大生対策も抜かりなくやった。
 シャンプーなしでもま~ったく平気なのである。

 シャンプーの歴史を紐解いてみると、全国的に広がりを見せたのは、たかだか50年に過ぎない。それまでは石鹸が使われており、さらにその前(明治以前)は水や灰汁・植物で洗濯をし、小豆や大豆のの粉に香料を入れた洗い粉などで身体を洗っていた。
 1938年(昭和13年)には、花王石鹸が「新花王シャンプー」を発売し、“今日は髪を洗う日”という新聞のキャッチコピーで石鹸、否、席巻していく。その後も“ムチャです。大切な髪を・・・石鹸や洗剤で洗うのは”(昭和30年)、“5日に1度はシャンプーを”(昭和34年)などの新聞広告で、シャンプーは市民権を得ていくことになったのだった。

 シャンプーを使わないのであれば、当然、体も基本洗わない。同じ体内で首より上と下とで矛盾があっては、私(のポリシー)は引き裂かれてしまう。
 頭を実験したのであれば、全身も試しておこうと、先日、近所にできた日帰り温泉
宮沢湖温泉「喜楽里別邸」でアカスリを試みた。

 アカスリの前には90分ほど宮沢湖界隈の峠を上り下りのジョギングを決行。受付では、韓国訛りで受けた助言に忠実に20分以上は湯につかって体を温めた(ふやかす?)。これでアカ出放題の万全の状態となった。
 ほぼアカスリ作業が終わる頃、「韓国の人はよくアカスリをするんですか?」等々、不必要な質問を並べ立てた後、「結構アカが出ているほうですか、ワタシ?」と聞いてみた。フェティシズムとも受け取られない質問だが、こういったことは意外にみんな聞き出してみたいもの(ですよね?)。だからなのか、担当の女性も表情を変えずに回答してくれた。

 「お客さんはアカが出づらいね。本当ならもっとデルヨ。ちゃんとお風呂にハイッテタ?」

 前にソウルでやった時もそうだったが、韓国の人の気質なのか、アカスリ業に就く人の性分なのか、はたまたアカスリではそれが“作法”なのか、判然とは分からないが、私の扱いがぞんざいである。
 それでもやはり我はしたり顔。十分な下準備を怠ったからでもなく、アカが出づらい体質なのでもなく、私が清潔なのである。その一言に尽きる!

 でも床屋の息子として、親の職業妨害をするのはなんとも気が引ける。でもそこには矛盾が実はない。読者の皆さんには、こう呼びかけようと思う。

 月に一度ぐらいはシャンプーで髪を洗いましょう、床屋さんでね♪
 

〈参考〉
 山中登思子、小泉まき子 『なっとくのシャンプー選び彩流社

【地球の食卓(石川編) No.3】
古久や(こくや)

埼玉県飯能市八幡町6−9
042-972-3215

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 飯能の老舗うどん屋さん。店内は決してキレイとは言えないが、それが「味」になっている。階段や入口の雰囲気が、非常に母親の実家の家屋に似ていて、どことなく懐かしくなるのだ。
 讃岐のようにコシのあるうどんではないが、これはこれで人気がある。土曜のお昼、家族で来店。

 肉つゆうどん・並 680円
 天ぷら・かき揚げ 100円
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2011年1月13日 (木)

伊達直人的行動

 全国津々浦々に“伊達直人”が出現している。中には『肝っ玉かあさん』で知られる“京塚昌子”や『明日のジョー』の“矢吹丈”までいるらしい。昨晩のNHKのニュースでは、同様の行動が全国で100件ほど報告されていると言っていたが、今晩のニュースでその数字は700件と変化していた。こうまでなるとスタンピードと評してもオーバーではない。
 善意を否定するつもりはさらさらないが、どうも引っ掛かりがあるのは私だけではないと思う。

 NHK『ニュースウォッチ9』の大越キャスターは、こうした行為にいたる「タイガーマスク世代」が、右肩上がりで経済成長していく豊かな時代を突っ走ってきたことへ償っているか、あるいはこうした行動をせざるを得ない無策の政府に対する批判であるのかもしれないと語っていた。あながちそれは違ってはいないだろう。ただ、そうした思想をもって行動したのは、この「運動」の発端となった群馬の児童相談所へ10個のランドセルを贈った“伊達直人”だけではないか。その他多くの“伊達直人”は、最初の“伊達直人”の思想や行動力、勇気といったものに乗っかっただけなんだと思う。

 あえて「運動」と称するが、今回の一連の運動で明らかになったことがある。一般的に言われるのは、「誰しもがヒーロー/ヒロインになってみたい」のだという社会的人間の欲求であり、「誰しもが“誰かの役に立ちたい”という善意を持ち合わせている」という性善説的な解釈である。しかし、そうした行動主体の分析にのみ矮小化してしまっては、本質は見えてこない。

 全国で700件も報告されたという“伊達直人”たちは、もしタイガーマスクという仮面をかぶっていなかったら、ああした行為を取るのだと思い至ることができただろうか? 自らマスクを剥ぎ、なぜ「私」で善意を届けはしなかったのだろうか?

 本当に明らかになったのは、私たちは今、“いいこと”を表立ってできない社会に住まっている、ということである。多くは、善意をひたすら押し隠し、ある時、一瞬訪れる「出してもいいんだよ」という頃合いをみて、慈善活動をする。あたかも自己を擁護するかの如く。

 匿名というのは美徳であり、クールであるのかもしれないが、どことなく窮屈さも感じるのである。

〈参考〉
朝日新聞朝刊「タイガーマスク運動? 相次ぐ贈り物 広がる共感」2011年1月11日


※前回「おまけ」で我が家の夕飯を紹介しましたが、私が囲んだ食卓をシリーズ化して時折紹介していこうと思います。基本、“おいしいお店、こだわりのお店”紹介です。シリーズ名は「地球の食卓(石川編)」とします。同名の書籍教材がありますが、勝手にその販促も兼ねてということで何卒ご容赦下さい(笑)。


【地球の食卓(石川編) No.2】

パナス(PANAS) 茗荷谷店
 
職場(文京キャンパス)の近くにあるインドカレー屋さん。カレーもナンも美味しい!

 私が関わっている社会人向けのコースのアシスタントをやっている院生が、やっと修士論文を提出できたということで、昨晩はここでコース受講生の皆さんと一緒にお祝い。

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2011年1月 8日 (土)

卯〜、マンボ♪

 「卯〜、マンボ!」
 そんなCMか、広告か、はたまた年賀状か、どこかでそんなフレーズを見た。このナンセンスさは結構私好みである。笑いのレベルや品位が低いと言われようが、それが私のツボなのだから仕方あるまい。

 今年は卯年である。言うまでもない。年賀状でたんまりと見せられているのだから、今さらだ。それでもこの時期、どうしても干支にあやかろうといったコメントが多く聞かされる。
 東京金融市場で取引が始まった仕事始めの4日、自見庄三郎金融相は「皆さん、今年は卯年ですよ。ウサギはピョンと躍進しますからね。」とコメントした。
朝日新聞2011年1月5日朝刊経済面
 横綱・白鵬は6日、明治神宮で行われた奉納土俵入りを終えた後、「今年はうさぎ年ですし、うさぎのように大きく跳ねる年にしたいです」と報道陣に意気込みを語った。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110106/t10013251221000.html

 みんな本当にうさぎのように躍進したいと思っているのだろうか? 思い出してもみてほしい、ウサギが“跳ねている”姿というやつを。飼育係でなかったとしても、多くの人は(特に私ぐらいの年代は)校庭の端っこで飼われていたウサギの様子を見たことがあるだろう。あれは決して跳ねてなんかいやしない。「跳ねている」というよりも、うまく跳ねられない故の「鈍くさい空間移動」ではないか。ひどい言い方ではあるが、あれでよく苛酷な自然界の生存競争を生き抜いてこられたとむしろ同情すら覚えているのであるからご容赦願いたい。
 
※参考:You Tube「宮古島で跳ね回るうさぎ」 http://www.youtube.com/watch?v=WX2gmaGvhN8&feature=related

 動物としてはやや失格気味のあの鈍臭いウサギの姿を見てしまっては、「躍進」の象徴としては私は使いたくない。もしカンガルー年なんてのがあれば、「今年はカンガルー年なので、難関をぴょんぴょんと飛び越える良い年にしたいですね」なんてコメントをする気が起きるというもんだ。私なら勢い余って「整いました! カンガルー年とかけて、後半になって一気に3選手を投入したザックJAPANととく。そのこころは、“もう後退(交代)できません”」なんても言い添えちゃうかもしれない。

 そう、カンガルーは相当なスピードで結構な時間を跳躍し続けられるのだそうだが、体の構造上の問題か、後退はできないのだそうだ。その点、亥年生まれの私はどこかシンパシーを感じる。“猪突猛進”ならぬ、“カンガルー猛進”の像が浮かぶ。
 勝手極まりないが、今年は卯年ではなく、私の中ではカンガルー年とすることにしよう。なんかその方が縁起がいい気がしてきた。あまり細かいことは気にせずに、不景気を吹き飛ばしながら邁進しよう!
 どこに辿り着くかは見当がつかないが、懸命にぴょんぴょん跳ねていった先にはなんか面白そうなことが待ち構えている気がする。今の停滞感は、それぐらい離れたところまで思い切って行ってみるのがいいのだと思う。

 新年早々、主役の座を奪ってごめんなさい、うさぎさん。卯〜〜〜マンボ!

◆あんまりお後がよろしくないようなので、おまけ

〈うちの今夜の晩ご飯〉
 風習にならい、七草粥を作ってみました。七草を揃えるのに、帰宅時に寄った西武池袋店で880円も支払う(中にはしなびたものもあり)。こんな時、都会の貧しさを思う。地方であれば、もっとふんだんに、かつ庭先で揃えられるのに…。お節料理で疲れ気味の胃をかばい、質素であるはずの食卓が、これでは本末転倒である。
 でも、結構おいしくできました!

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2011年1月 6日 (木)

一年の計は元旦にあり

皆さん、明けましておめでとうございます。
本年も本ブログをご愛顧いただければ嬉しい限りです。

 それにしても今年ほど正月を迎えた気分にならないのはどうしてであろうか? 子どもがまだ小さいので、年末年始、遠出しなかったということもあるが、「紅白」を観ていても、「ゆく年くる年」を観ても、新年を迎える昂揚感が例年ほどなかった。
 誰しも経験あろうが、「紅白」の後の「ゆく年くる年」のあのギャップは、新年を迎える敬虔な思いへとさせる心理的な装置になっているように思う。それが全国規模で一斉同時に行われる。子どもの頃はあのギャップが“恐れ”であったが、大人となった今は“畏れ”であり、あれを観ないとどこか落ち着かない気分になる。Wikipediaでみれば、五木寛之や河合隼雄は「ゆく年くる年」を“究極の宗教番組”と位置づけているとのことだが頷けなくもない。

 そんなこんなでダラダラと年末年始を過ごしてしまったわけだが、「これぞ、正月の正当な過ごし方」なのである。こうした時間を普段もたないばかりに、居心地の悪さを覚えてしまうほど、我々は一年中セカセカしているのである。それを思い出させてくれるのが、皮肉なことだが、年の初めの正月というものなのである。そして、これまた皮肉なことに松の内を過ぎれば、そんなものはどこへ行ったと“日常”を取り戻していってしまう。

 私の年末年始の昂揚感の無さも少なからずそんなメンタリティに起因しているのかもしれない。とにかくやり残したという思いが頭の中のそこかしこにある。「やらなければならない」と思わせているものとの葛藤が、せっかくの正月の昂揚感を相殺しているに違いないのだ。資料が山積みされた机上の整理、撮りためた番組のダウンロード、授業実践等を録画したDVDの処理、買ったまま積ん読の書籍たち、研究室の掃除...etc
 そうそう、本来であれば前回アップ(12/23)から年が明ける前までに、昨年書こうと思って書けないでいたテーマを立て続けに書こうと思っていたのだが、結局、一度もアップできず…。

 どうも私は自分を律してマネジメントすることが不得手のようだ(今さら気づいたわけではないが)。
 妻と「“一年の計は元旦にあり”なんだから、正月に今年の目標を確認し合おうよ」と言いあいながら、それをやっとやったのが一昨晩。毎晩、夕食後にそれをしようと話していたのだが、皿を洗い終わると赤ん坊とともに3人一緒にこたつでスヤスヤ...zzz “一年の計は元旦にあり”(物事は最初が大切で、まずは計画を立ててから事に当たるべき)との言葉とは真逆になっているのだから、のっけからつまずいている(笑)。

 さて、私が立てた今年の大目標は「規則正しく生きる」である。どこか小市民的でみみっちい目標に見えるかもしれない。が、真意は、セカセカもせず、自分をしっかり律してマネジメントもし、リズムをもって漫然とならずに日々暮らしたいという願いにある。
 そのためには改めて自分を見つめ直し、自分がどんな人間で何者であるのかという再確認の作業をしておかなければならないと思っている。

 最近、娘(月齢4ヶ月)の日月生(ひづき)が、遮二無二、指をしゃぶるようになった(特に左手の親指がおいしいらしい(笑))。Img_1144 そのちょっと前までは、こぶしを握り、自分の目の前までもっていって、しばらくじーっと見つめていることがよくあった。
 こうした作業は、自分の存在すら定かでない赤ちゃんの「自分が自分であることの確認作業」であるという。彼女は必死に今“自分”というものを認識し始めている。そのひた向きな行為は大人をも諭し、何を失い、何が足りてないのかに気づかせてくれる。

 この子から教わることは今年も数限りなくあるだろう。
 “一日の計は朝にあり、一年の計は元旦にあり”
 まずは仕事始めの前に、自分を見つめ直してみようと思う。

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