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2011年1月 6日 (木)

一年の計は元旦にあり

皆さん、明けましておめでとうございます。
本年も本ブログをご愛顧いただければ嬉しい限りです。

 それにしても今年ほど正月を迎えた気分にならないのはどうしてであろうか? 子どもがまだ小さいので、年末年始、遠出しなかったということもあるが、「紅白」を観ていても、「ゆく年くる年」を観ても、新年を迎える昂揚感が例年ほどなかった。
 誰しも経験あろうが、「紅白」の後の「ゆく年くる年」のあのギャップは、新年を迎える敬虔な思いへとさせる心理的な装置になっているように思う。それが全国規模で一斉同時に行われる。子どもの頃はあのギャップが“恐れ”であったが、大人となった今は“畏れ”であり、あれを観ないとどこか落ち着かない気分になる。Wikipediaでみれば、五木寛之や河合隼雄は「ゆく年くる年」を“究極の宗教番組”と位置づけているとのことだが頷けなくもない。

 そんなこんなでダラダラと年末年始を過ごしてしまったわけだが、「これぞ、正月の正当な過ごし方」なのである。こうした時間を普段もたないばかりに、居心地の悪さを覚えてしまうほど、我々は一年中セカセカしているのである。それを思い出させてくれるのが、皮肉なことだが、年の初めの正月というものなのである。そして、これまた皮肉なことに松の内を過ぎれば、そんなものはどこへ行ったと“日常”を取り戻していってしまう。

 私の年末年始の昂揚感の無さも少なからずそんなメンタリティに起因しているのかもしれない。とにかくやり残したという思いが頭の中のそこかしこにある。「やらなければならない」と思わせているものとの葛藤が、せっかくの正月の昂揚感を相殺しているに違いないのだ。資料が山積みされた机上の整理、撮りためた番組のダウンロード、授業実践等を録画したDVDの処理、買ったまま積ん読の書籍たち、研究室の掃除...etc
 そうそう、本来であれば前回アップ(12/23)から年が明ける前までに、昨年書こうと思って書けないでいたテーマを立て続けに書こうと思っていたのだが、結局、一度もアップできず…。

 どうも私は自分を律してマネジメントすることが不得手のようだ(今さら気づいたわけではないが)。
 妻と「“一年の計は元旦にあり”なんだから、正月に今年の目標を確認し合おうよ」と言いあいながら、それをやっとやったのが一昨晩。毎晩、夕食後にそれをしようと話していたのだが、皿を洗い終わると赤ん坊とともに3人一緒にこたつでスヤスヤ...zzz “一年の計は元旦にあり”(物事は最初が大切で、まずは計画を立ててから事に当たるべき)との言葉とは真逆になっているのだから、のっけからつまずいている(笑)。

 さて、私が立てた今年の大目標は「規則正しく生きる」である。どこか小市民的でみみっちい目標に見えるかもしれない。が、真意は、セカセカもせず、自分をしっかり律してマネジメントもし、リズムをもって漫然とならずに日々暮らしたいという願いにある。
 そのためには改めて自分を見つめ直し、自分がどんな人間で何者であるのかという再確認の作業をしておかなければならないと思っている。

 最近、娘(月齢4ヶ月)の日月生(ひづき)が、遮二無二、指をしゃぶるようになった(特に左手の親指がおいしいらしい(笑))。Img_1144 そのちょっと前までは、こぶしを握り、自分の目の前までもっていって、しばらくじーっと見つめていることがよくあった。
 こうした作業は、自分の存在すら定かでない赤ちゃんの「自分が自分であることの確認作業」であるという。彼女は必死に今“自分”というものを認識し始めている。そのひた向きな行為は大人をも諭し、何を失い、何が足りてないのかに気づかせてくれる。

 この子から教わることは今年も数限りなくあるだろう。
 “一日の計は朝にあり、一年の計は元旦にあり”
 まずは仕事始めの前に、自分を見つめ直してみようと思う。

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コメント

一年の計を元旦に立てたことがない私ですが、
「ゆく年くる年」が始まる30分前あたりから、
日記を書き始めて一年をふり返り、あわせて来年
やりたいことを思ってみる。。。という習慣ならあります。

ま、ひとつのささやかな演出ですね。

それでも子どものときとは違って、落ち着いたもので、
新年を迎える高揚感をなくして20年?ぐらいは
経ちました。

(石川さんは私とタイプが違うのでどうかわかりませんが)
一度なくなると、たぶん、しばらくはそのまま、やがて
高揚感の無さはさらに進行するかも知れません。
(お子さんの高揚感が乗り移って一時期盛り返すかもしれませんが)

たとえば、
「紅白」はもちろん「ゆく年くると年」も騒がしくて
ヤダナと思うようになるかも。
(そのうち起きてないで寝て過ごすかも。。父がそうでした)

また、
「自分の存在すら確かでない」のは、赤ちゃん
に限らず、われわれ一般もそうだなあ~と、
思うことも多いです。

『無思想の発見』養老孟司 ちくま新書 

などにも、なるほどと思うようなことが書かれていました。


 積ん読が増えそうですが(笑)、『無思想の発見』というタイトルに惹かれて、さっそく購入してみようかと思います。
 蛇足ですが、以前、ブログで取り上げた『シンプルに生きる』に妻が急に興味を持ち出し(朝日新聞にデカデカと広告が出たからか?)、図書館で借りてこようという話になりました。『無思想の発見』もあれば、借りてきちゃおうと思います。

図書館に行かれるなら、ついでに

『健全な肉体に狂気は宿るー生きづらさの正体』内田樹・春日武彦

もおすすめします。気楽に読めて、かつ大変意味深い対談だと思います。

「つんどく法」というのが

『思考の整理学』外山滋比古 ちくま文庫

にありました。

同書の「とにかく書いてみる」というのも、そうだなと
思いました。立ち読みでそれぞれ2分程度で読めます。

森井さん、『思考の整理学』持ってます。たしかに「つんどく法」書いてありましたね。あとで読み返してみます。

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