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2011年1月13日 (木)

伊達直人的行動

 全国津々浦々に“伊達直人”が出現している。中には『肝っ玉かあさん』で知られる“京塚昌子”や『明日のジョー』の“矢吹丈”までいるらしい。昨晩のNHKのニュースでは、同様の行動が全国で100件ほど報告されていると言っていたが、今晩のニュースでその数字は700件と変化していた。こうまでなるとスタンピードと評してもオーバーではない。
 善意を否定するつもりはさらさらないが、どうも引っ掛かりがあるのは私だけではないと思う。

 NHK『ニュースウォッチ9』の大越キャスターは、こうした行為にいたる「タイガーマスク世代」が、右肩上がりで経済成長していく豊かな時代を突っ走ってきたことへ償っているか、あるいはこうした行動をせざるを得ない無策の政府に対する批判であるのかもしれないと語っていた。あながちそれは違ってはいないだろう。ただ、そうした思想をもって行動したのは、この「運動」の発端となった群馬の児童相談所へ10個のランドセルを贈った“伊達直人”だけではないか。その他多くの“伊達直人”は、最初の“伊達直人”の思想や行動力、勇気といったものに乗っかっただけなんだと思う。

 あえて「運動」と称するが、今回の一連の運動で明らかになったことがある。一般的に言われるのは、「誰しもがヒーロー/ヒロインになってみたい」のだという社会的人間の欲求であり、「誰しもが“誰かの役に立ちたい”という善意を持ち合わせている」という性善説的な解釈である。しかし、そうした行動主体の分析にのみ矮小化してしまっては、本質は見えてこない。

 全国で700件も報告されたという“伊達直人”たちは、もしタイガーマスクという仮面をかぶっていなかったら、ああした行為を取るのだと思い至ることができただろうか? 自らマスクを剥ぎ、なぜ「私」で善意を届けはしなかったのだろうか?

 本当に明らかになったのは、私たちは今、“いいこと”を表立ってできない社会に住まっている、ということである。多くは、善意をひたすら押し隠し、ある時、一瞬訪れる「出してもいいんだよ」という頃合いをみて、慈善活動をする。あたかも自己を擁護するかの如く。

 匿名というのは美徳であり、クールであるのかもしれないが、どことなく窮屈さも感じるのである。

〈参考〉
朝日新聞朝刊「タイガーマスク運動? 相次ぐ贈り物 広がる共感」2011年1月11日


※前回「おまけ」で我が家の夕飯を紹介しましたが、私が囲んだ食卓をシリーズ化して時折紹介していこうと思います。基本、“おいしいお店、こだわりのお店”紹介です。シリーズ名は「地球の食卓(石川編)」とします。同名の書籍教材がありますが、勝手にその販促も兼ねてということで何卒ご容赦下さい(笑)。


【地球の食卓(石川編) No.2】

パナス(PANAS) 茗荷谷店
 
職場(文京キャンパス)の近くにあるインドカレー屋さん。カレーもナンも美味しい!

 私が関わっている社会人向けのコースのアシスタントをやっている院生が、やっと修士論文を提出できたということで、昨晩はここでコース受講生の皆さんと一緒にお祝い。

Img_1157_3 Img_1158_2

 

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時事問題(学習)」カテゴリの記事

コメント

古今東西、伊達直人的な行為はあったようで、
また、そこに「偽善」を感じて、恥ずかしい行為だと
遠慮・否定する気持ちは、自他ともにあった。。。

というのが私の感じ方です。「最初の」伊達直人さんも
最初ではなくて、模倣にすぎないと言えると思います。
(少なくとも伊達直人と名乗ってますし)

実際、こういう行為は今までにもときおりあって、やはり
同じような追随者がいました。

これからもこうしたことは(忘れたころに、また)あることでしょうが、
定型的に「いいこと」だと本人も周りも思っていることは、
特に、やりすぎないことが、最小限のマナーであると思います。

ちなみに「伊達」は辞書によると、
「ことさら侠気を示そうとすること」ですし、
「直人」は、たぶん「まっすぐな人」、私の語感でいうと
「自分の思いだけで行動できる(ちょっと迷惑な)人」
という感じです。

あのアニメの中の
伊達直人もタイガーマスクになって、補完的にバランスを
とらないではいられなかったんじゃないかな?と思っています。

でも、ないですかね?

田中先生のブログにタイガーマスクに関するコメントがあり、
寄付をする行為の「やりがい」を感じる方法として、
一定の?評価がなされていました。

う~ん、
そういう見方もあるのかと参考になりました。
のぞいてみてください。

石川さんの書いておられた「匿名性」のことは、
おもしろいと思いました。

「なぜ、本名ではだめなのか?」

善行は恥ずかしい、と私は(たぶん文化的に)思うのですが、

そういえば、
アニメの「伊達直人」は本名であったと思います。

すると、
彼は恥ずかしくはなかったんですね。
私なら、子どもがより喜びそうなタイガーマスクで
プレゼントしたりしそうですが。

「なぜ、タイガーマスクでプレゼントしなかったのか?」

あ、タイガーマスクのイメージが壊れるかな。悪役路線
で最初やっていたし。。。それともどこかで、タイガーマスク
を脱いだ方の自分で何かしたかったのかな。

それにしても、本名で何か言ったりしたりすることが、
減ってきているかも知れませんね。
今の時代、本名を使うとリアルすぎるのかも。

責任を軽減しながら本音も虚勢も。。ということでしょうか。
やさしい時代になったと思います。

この名前で、おからを送ったらうけると思うな ヽ(´▽`)/

世間では、美談となっているようなんで、言いにくいけどちょっとどうなんかな~って感じ。

花山大吉に酒とおからを贈ったら、間違いなく需要とマッチするけど、既に贈る物と受け取る側でのミスマッチも起きているようだし。

子どもたちに夢と希望をといった薄ら寒いことをいうコメンテーターもいたけど、これが一過性なブームで終わってしまったら、子どもたちに夢や希望が残るんだろうか。

 贈る側と受け取る側のミスマッチは、isaacさん仰るように必ず起きると思ってましたが、やっぱりその通りになりましたね。特にこうしたブームの場合はなおさらその確率は高くなるでしょうね。国際協力の分野でも以前はよく同じようなミスマッチが問題となっていましたよね。
 ところで 「花山大吉」を調べてみたら、私が生まれる前のテレビドラマの主人公だったようで、到底、おから好きなんてことは存じ上げておりませんでした。ただ、おから好きだと知って、みんながみんなおからだけを花山大吉に贈ったら、さすがの彼も辟易するでしょうね。
 昭和天皇が終戦後、全国を巡幸された際、天皇の鰻好きを知って行く先々で鰻が出されたという逸話を聞きます。さすがに鰻が続いたら「今日も鰻でしたね…」と語ったと聞きますが、まさにそんな“ミスマッチ”もあるのでしょうね。
 マッチング、これ難し(笑)。

花山大吉さんの投稿は、「花山大吉」の名前で、「おから」を贈ったらウケルだろう、という意味じゃないですか? 私の子どものころ、おじいちゃんが好きでよく見ていましたよ「素浪人・花山大吉」。おもしろい時代劇でした(*^-^)。「社会現象」とか、「○○運動」と論じる「識者」がマスコミでもっともらしいことを言うのを見たり読んだりしていると、ふざけて笑い飛ばしたくなる気持ちに共感します。私も、まちがいなく「一過性のブーム」だと思ってます。(斎藤@鞍山です)

もし、児童養護施設の子どもたちのために、「今、私にできること」なんて考えての行動なら、その方法論について議論することはできますよね。それなら、DEARのワークショップ「援助する前に考えよう」の出番です。でも、タイガーマスクさんたち、ただ「プレゼントしたい」のではありませんか? サンタクロースになりたいのでは? ブームになってからは、プレゼントが置かれたり贈られたりする場所も、見境ない感じですね。贈る方も匿名なら、贈る先もどこでもいいのかもしれません。「プレゼントする前に考えよう」なんて言われたら、「だったらやんない」って言いそうな・・・。トラックバックさせてもらったので、私のブログも覗いてみてください。(斎藤@鞍山)

石川せんせい、こんにちわ、6期児玉です。今日はお知らせとお願いがあります
かねてより漠然と計画していた念願のインドネパールのマザーテレサの家にいくことになりました3月1から2週間ですが。石川先生はインドかネパールには行かれたことがあるかと思いますが、マザーテレサの家はいかれましたか??主に子供の施設に行ってみようとおもいますが、現地にお知り合い、またはNPOなどの関係の方いらっしゃいますかね??
期間もみじかいのであまり活動できないと思いますが、子供のtherapyなどもみてきたいとおもってます。よろしくお願いします
あと、茗荷谷のカレー屋さん、なつかしいですねーーこれをみておもいだしましたあ。
さむくなるのでお体きをつけて。先週はこの温かい九州でも雪ふってますよーー今年は寒いですー気温見たら、東京のほうがずいぶんあったかいです。ずっとですよ。我が家の温泉も温度が低くなってぬるまぬみたくーーで、温泉じゃあない見たいーー唯一の特権がーー
ではまた。

本日(2011.2.24)の朝日新聞(朝刊)に香山りかさんの
意見、「これからの善意」の話、がオピニオン欄にでてました。

「正義とは呼べない善意。効率の悪い善意。ひとりよがりの善意。
でも、弱者のための善意。これまでの善意とは少しばかり違う
「これからの善意」は、こんなふうにおさまりや居心地の悪いもので
ある可能性はないだろうか」

とありました。(古いタイプだと思っていたので)タイガーマスク運動
が「これからの善意」なのかは、よくわからないけれども、
「しかし、それでもいいじゃないか、という気もする」とあるように、
考えてたら足がすくむことの方が多いだろうな。。。とは思いました。

『「援助」をする前に考えよう』に出てくるアイ子さんも、考えなかった
わけじゃなくて、自分なりには充分考えていたんだろうなと思います。

 さっき香山リカ氏の記事を読みました(朝は娘の世話に追われ、最近は一日遅れで新聞を読むことも多く…)。非常に興味深い論考でした。
 とにかく、同じ思いなのは政治が頼りなさすぎだということです。どうにかならんものでしょうか。そろそろまた首相が変わりそうな勢いですよねぇ。

(たぶん)日本の社会ではトップを
変えてもそれほど大きく変わること
はないのではないかと思います。

私の印象では、(以前、何度も職場のトップが
変わったんですが)、何か新しくなるのでは?
という期待感の中、それだけで「何か変えた気分」
になり、また、小さな変化に慣れるのにエネルギー
を小出しに消費して、疲弊し、根本的なことは、
そのままだったように思います。

そのうちに、変えること自体に期待感を持たなく
なるのかも。

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「援助する前に考えよう」 一昨日、自分で書いていながら何なんですが、今話題の「タイガーマスク現象」と、開発教育教材「援助する前に考えよう」を、結びつけて論じるのは難しいと感じました。「援助する前に考えよう」というのは、現在、上智大学教授の田中治彦氏が作成... [続きを読む]

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