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2011年2月23日 (水)

森聞き

 先週、『森聞き』という映画の試写会に行ってきた。最近、共存の森ネットワークというNPO法人へ転職した知人が、「ぜひ観てほしい」と招待券を送ってくれたのである。

 共存の森ネットワークでは、10年ほど前より「森の“聞き書き甲子園”」を主催している(他に、林野庁、文部科学省、社団法人国土緑化推進機構が主催団体となっている)。毎年、全国から100人の高校生が選ばれ、森の名手・名人を訪ね、一対一で聞き書きをしてくる取り組みが「森の“聞き書き甲子園」である。森を育て、森とともに生きてきた伝統的な暮らしの中にひそむ智恵や技、そして彼らの生き方そのものが埋もれてしまわないよう、高校生に聞き書きをさせている。
 その高校生たちの姿を追ったドキュメンタリーが、この『森聞き』なのだ。

 映画には4人の高校生が登場する。4人とも見ていてまさに“今時の高校生”なのだが、それぞれが違う“今時”の光を放っている。それは若者に宛てがわれがちな「軽さ」などという言い回しではなく、彼らなりに“今を必死に生きている”という意味合いでだ。
 映画の冒頭では、「なにか今、世界が変わる時期に来ている気がする…」と鋭敏なことを口にした高校生がいたが、自分が18の時を思うと、それほどの嗅覚を社会に向けていたかと言えば、甚だ自信がない。彼女は母親から「今は受験を優先して、森に行くよりブランド校に行ってほしい」と懇願されるが、それには苦笑いするだけで、結局、足は森へ向かう。田舎育ちの私の色眼鏡でもあるが、都会育ちの彼女が有名校への進学だけを是とする親を振り切り、自然へと興味を向ける姿には快哉を叫ぶ思いで、頼もしく見える。

 しかし、それをも圧倒するのが森の名人たちである。森の空間において、彼らは哲人である。発せられる言葉もそうだが、立ち居振る舞いがそう思わせてしまう。
 登場する森の名人たちは皆が高齢で「引退」がもうすぐそこに迫っている(日本の林業の現状を物語ってもいる)。そうした哲人たちと無垢な高校生の鮮明なコントラストは、映像としても美しい。そのバランスの悪さが、双方になんとか言葉を紡がせて、そうした言葉のひとつひとつが珠玉となっていく。

 『森聞き』を観た翌日、たまたま『ソーシャル・ネットワーク』を観ることになった。マーク・ザッカーバーグの頭の中の回転が、そのまま現代社会の回転の速さとなっているのだと感じる。Facebookで紡がれる言葉たちも素敵だが、そこへ偏りがちになっていくことを憂いてしまう。高校生だけでなく、自分たちも。
 言葉の多様性は、何も言語や方言の多さといったものだけではなく、言葉として内面から紡ぎ出されるまでの時間の多寡にもよるのだろう。そうした時間を時折取り戻してみなくてはなるまい。そうしたバランスを取り戻すことで、身体も、社会も、文化も健全さを失わないでいられるのだと思う。ましてや森はそうした土壌の上にこそ、青々と木々を育んでいけるのだと思う。

※監督は『ひめゆり』の柴田昌平監督。試写会後の話では、全国の高校に「森の“聞き書き甲子園」ポスターを送るなどして宣伝しているが、あまり反応がよくないとのこと。高校の教員をやられている方々、来年度は是非高校生を森へ送りましょ♪

※映画のバックに流れるラヤトン(Rajaton フィンランドの人気アカペラ・ボーカルグループ)の曲すべてが非常に素晴らしい! 私は試写会後、すぐさま購入。最近はヘビーローテーションで聴いています。
このCDは日本向けに特別に組まれたもので、お得感もあり(笑)。しかもCDジャケットが絵本になっていて、ページをめくるたびに全曲の歌詞が絵とマッチしていて、見てて楽しい。

※3月5日よりポレポレ東中野でロードショー。その後、名古屋、大阪でもロードショーになるようですが、全国の皆さんに観てもらう、、、というのはアクセスの点で難しそうですね。

Morikiki_2

 

【参考】

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コメント

興味深い映画ですね。予告編だけですが、
そう思いました。

フェイスブックの社会と森の世界。
対照的なようで、たぶん補完的な「対」かも
知れませんね。どちらも知らないので、
よくわかりませんが。

興味深い映画などまた機会があれば
教えてください。見られないけど、想像
だけはできるので。

映画の広告に「生きるというのは好き嫌いじゃない」と
ありますね。

これってたぶん今の人にはピンとこないような言葉で、
想像しにくいですよね。私も生まれたときには、町に
いて、一応、好き嫌いは訊かれていたような気がします。
(ちょっと記憶は怪しいけど)

選択肢がある時代なら、一応、好き嫌いを子どもにも尋ねますよね。
それが何十年と続き、我々の当たり前の思考パターンになっていると思います。

そういえば、
結婚相手も親が選んだ方が幸福度は高くなる。。という
調査をTVでやっていましたが、説得力がありました。
好き!で幸福度は上がっても、逆に(何倍もの)嫌い!も
あるのでしょう。

選択肢や選択権がなければ、「迷い」もなく、期待もなく、
好悪もないわけだから、「ま、ここからどう展開させるか
だよね」みたいなスタートの切り方になって、比較的、
のろのろとした安定成長が持続可能なのでしょう。

「生きる」ということはそういう長期にわたる地道な
構築作業なのだよ。。というメッセージなのかな?
(ま、あたってなくても問題ないんですが)

閑話休題。

森というのは林より木が多く、鬱蒼として、まず人が
入れないですよね。そこでは誰かに話を聞くまでもなく、
すごく珍しい体験になると思います。

町の子が森に住むおばあちゃんと一緒に住んで
回復していく『西の魔女が死んだ』という話も思い出しました。

今朝(2011.2.27)の朝日新聞の教育欄に
「高校生、山の名人と出会う」と出てましたね。
3月27日には江戸東京博物館ホールでフォーラム
もあるとのこと。

そういえば、先日参加したシンポで、
徳島にも「川の名人」がいて川の学校もあるという
ことや「今50歳より若い人は自然とのふれあいが
ないまま育っていて。。」のような発言を聴きました。

「聞き書き」もそういう危機感からきているように思います。

「森聞き」の世界と接点があるかも知れないなと思って、

『マタギ 矛盾無き労働と食文化』田中康弘 枻(えい)出版社

というのを図書館で見つけて読みました。

鮮やかな写真つきで、なんか「なめとこ山に迷い込んだ高校生」
のような気分になれました。

オス♂スメス♀ッス!

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