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2011年3月31日 (木)

手前味噌の味噌づくり

「味噌を買う家は倉が建たぬ」

 そんなことわざがある。
 昔は自分の家で味噌を仕込むのが当たり前だったので、味噌を買うなんていうのは貧しい階級か家政に投げやりな家に限られ、身上をこしらえることはできないと言われていた。「手前味噌」という言葉があるように、それは各家々の独特のものであり、自慢でもあったのだ。津々浦々で地方独自の味噌ができてきた経緯は、運ぶには重く、運搬に適さなかったと言われているが、結果としてお国自慢になっていったのだと思う。

 大宝令には「醤院」という記述があり、醤(ひしお)を司るところがあったというのだから、味噌は奈良時代の頃より日本人にとってなくてはならないものだった。毎日、味噌汁を飲んでも飽きがこないのは、翻って言えば、日本人の体に必要な栄養素を持っているからでもある。「味噌の医者殺し」と言われる所以だろうか。米と味噌さえ食せば、その日の力仕事は十分にできたのだ。宮沢賢治もそう言っている。

 さて、我が家の“手前味噌”自慢をしよう。
 今年で、自家製の味噌づくりに挑んで3年になる。最初の年は米麹のものを、2年目は玄米麹のものを、そして今年は麦麹のものに挑戦した。昨年は妻が重い悪阻中で、作業のほとんどを私がやることになったのだが、基本、我が家の年中行事として協働作業をすることになっている。前にブログに書いたが、妻は(半ば狂信的な)満月好きで、その協働作業は(私の仕事の忙しさが気にされることはなく)満月の日に敢行されることにもなっている。今年であれば2月18日がその仕込み日であった。

 どうもやったことがないことは、とても煩雑な作業を伴うだろうとの憶測を呼ぶのかもしれないが、やってみると結構簡単なものである。これで味噌を買わないで済むのであれば、やったほうがいい。お勧めする。

 以下がその工程だ。(※できあがり4〜4.5kgの味噌を想定。もとにしているのは「大地を守る会」の通信。冬の時期に材料も一括で注文できる)

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 まず、1kgの大豆を一晩、水に浸ける。
 この段階では、「冷えたキュウリにちょっと味噌をつけ、カリッと齧りつく」夢を見ることを誓い、とりあえず床に就く。

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 たとえ齧りつく夢が見られなかったとしても、目が覚めたら指でつぶせるぐらいに大豆を
芯まで柔らかく煮る。(それをしないと本当にキュウリに味噌をつけて齧りつけなくなる)
 そして熱いうちに大豆をつぶす。ポテトマッシャーでつぶしたり、ビニール袋に入れて足で踏んだり、麺棒でつぶしたりする方法があるが、我が家はフードプロセッサーで一気にやっちまう。使えるものは使おう!

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 するとこんな感じになる。

 完全なる余談だが、うちのキッチンの床のセンスの悪さが目立つ…。貸家なので許してほしい。

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 塩(450g)を1割ほど取り分け、残りの塩をバラバラにほぐした麹と合わせる。それをまだ熱さが残っているうちに、先ほどつぶした大豆と混ぜ合わせる。
 ムニュムニュした感じが癒しを呼ぶ。
(あくまで個人の感想です)

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 ムニュムニュ♪

※硬い時は、大豆を茹でた時の煮汁に塩を加える
※大豆が熱すぎると麹が死ぬので、大豆が20〜30℃ぐらいの状態で混ぜる。(コウジ君は意外と繊細なんです)

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 混ぜ合わせたら味噌玉
(テニスボールぐらい)を作り、できるだけ空気が入らないよう、容器に「エイヤッ!!」と投げつける。時に鬱憤を晴らすように。
 この時ばかりは、何を思いながら叩きつけているか、お互い聞かないようにしている。(結婚式の“二人の最初の協働作業”では、妻はあんな(どんな?)形相をしていなかったはずだが)

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 思う存分、容器めがけて叩きつけたら、すべてを忘れ、晴れ晴れとした表情で(これが大事!決して後腐れなく)、残りの塩をまく。祓い清めるように、静かな気持ちで。

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 空気を抜きながら、表面をラップでぴ〜っちり覆う。酸素に触れさせることは味噌づくりにおいて致命傷。白カビであれば、人体にも味噌にも害はなく、取り除けばいい。しかし、緑・赤・黒のカビは悪い奴らである。仮面ライダーに出てくるショッカーら悪者もそんなカラーの輩が多かったが、何か関連がありそうだ。(ちゅうか、仮面ラーダー自体が緑・赤・黒で構成されてるし(笑))

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 ぴ〜っちり覆ったら、大量の塩をビニール袋に入れて、「落とし蓋」兼「重し」にする。
 あとは半年ほどお目にかかれないので、名残惜しそうに見つめる。味噌は生き物なので、そんな主の表情を見て、きっと美味しくなろうと努力してくれることでしょう。

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 最後に「おいしくな〜れ」と言葉かけをし、フタをする。あとは容器にポリ袋をかけて口をしばり、暗くて風通しのよいところに置いておく。その間、モーツアルトをかけておく必要はない(きっと効果はないだろうから)。

※ただし、梅雨明け頃に一度上下を返し、再び重しをして密閉する(天地返し)。

 そう言えば、実家でも味噌は祖母の自家製だった。小学校から帰り、すぐさま「お腹がすいたぁ」と言えば、祖母が余ったご飯でおにぎりにし、そこへてっぷりと味噌をつけ、焼いてくれた。あの香ばしさは格別だった。まさに手前味噌の記憶である。
 寝たきりになった今は、母が味噌づくりを受け継いでいる。

 我が家の味噌もこの2年はおいしく出来上がっている。きっと今年もそうなるべく、今頃懸命に醗酵してくれているだろう。
 味噌の本場・信州では「おっかぁ質に入れても味噌を煮ろ」という諺があるらしいが
「女房と味噌は古いほどよい」とも言う。なんだかんだ言いつつも味噌も女房もこれから大事にせねばと年中行事にして思う。

 手前味噌のお話でした。

【参考】平野雅章『食の風俗民俗名著集成第7巻 醤油味噌の文化史』東京書房社 1985年

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コメント

味噌の話と作り方、おもしろかったです。

広辞苑でみたら、

「朝鮮語の『蜜祖』から来た語という」

などとありました。あっちから来たんですかね。

いいお話ありがとうございます。
ご近所、友人などと自家製のミソや梅干し、野菜などをたまにやりとりしています。
そういうことってよく考えると
人の輪(和)を感じることのできる、お金で買えない幸せなのだなあと・・(自画自賛)

k5さん、前回に続き、コメントありがとうございます。きっと震災支援で忙しいだろうに。
 今回の震災で、もちろん甚大な被害が出て、被災地の皆さん大変だと想像に難くないですが、ここ首都圏においても、普段の生活が自給自足に近ければ近いほど、いつもと変わらない生活を送れたとか。うちの実家(岩手県内陸南部)も数日ライフラインが止まったものの、電話がつながったら「米と味噌があるから大丈夫よ」と不安は比較的少ないようでした。
 ただ、同じ奥州市で、長蛇の列にガソリン待ちをしていた人が、寒さのあまり、車内でストーブをたき、一酸化中毒で亡くなったというニュースを見て、やるせない気持ちになりました。どうもその奥さんはうちの床屋のお客さんだったみたいです…。

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