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2011年7月 4日 (月)

moreな人たち

 我が家では、朝はJ-WAVEを流しておくのが定番だ。これは自分が上京してきてからの習慣である。それを結婚してからも(妻に強要した覚えはなく)なんとなくその習慣のままでいっている。
 岩手から出てきた田舎者には、J-WAVEが非常に都会っぽくて、ナウくて、イケてるFMのように思えたのだ。聴いている自分が洗練されていき、オシャレであるような錯覚を覚えさせてくれ、田舎者が東京に住むギャップを埋めてくれるのが、とてもありがたかった。

 とは言っても朝のせわしない時だから、ラジオなんて聴いているようで聴いていない(大事なのはいまだに“聴いている”というポーズ)。だからなのか、妻は時々へんちくりんなことを言う。よくJ-WAVE主催のイベントやコンサートのCMが流れるのだが、以前、信じられないこんな言葉を口にした。その時の様子を忠実に再現してみようと思う。

J-WAVE
「今年の夏のJ-WAVEライブのラインアップは、スガシカオ、平井堅、SUPERFLY、木村カエラ、and more !」


「J-WAVEのイベントには必ず“アンド・モア”って歌手が出てくるよね〜。しかもいつも取でさぁ。実際に歌ってるの聴いたことないけど、どんな人なんだろうね?」

 妻は、ナビゲータがいつも勢いよく最後にand more !」と叫ぶので、よっぽどすごい歌手だと思い込んでいたようだ。トワ・エ・モアというデュオは聞いたことがあるが、アンド・モアなんぞ、ここ以外で聞いた試しがない。それでも、きっとロック界の大御所か、海外のビッグアーティストだと勝手に想像していたのだ、疑いもなく。
 しかし、大御所もビッグアーティストもそんなにちょくちょくJ-WAVEに出るわけがない。彼らは仕事を選ぶし、そんなにちょこちょこ顔を出していたら、そもそも大御所っぽくない。

 
 余談だが、こんな妻の逸話もある。
 先日、友人らと会話している時に、K-popの女性グループ少女時代の話になった。会話に入りたがったのか、妻は「でさ、『少女時代』って誰が歌ってんだっけぇ?」と口を挟んで、場の空気を一瞬にして止めた。

 教訓:決して無理をしてはいけない。身の程を知ろう!

 そんな妻だが、今、がんばって「代表」を司っている。
 前にもブログで触れたが、映画「うまれる」の自主上映会を飯能市で開催しようと準備を進めている。言い出しっぺゆえに代表に祭り上げられたが、いいメンバーに支えられ、どんどんと形になっていっている。
代表なんていう柄ではないことは本人も重々承知で、(こちらでは)身の程をわきまえている。だけど、ほんのちょっぴりだけ背伸びして、一生懸命にやってる姿は微笑ましい。

 昨日は、その映画「うまれる」の試写会を飯能市市民活動センターのオープン記念イベントの一環としてさせてもらった。

 この映画は、監督の意向で、ロードショー後、DVD化はせず、自主上映会という形で全国で観られ続けている。監督がそこにこだわるのは、DVDであれば、ひとり部屋に閉じこもって完結してしまい、そこには“共有する”という広がりは起こらないが、自主上映会というスタイルであれば、
地域の人を巻き込まざるを得ず、“うまれる”をとりまく「妊娠・出産・育児」「命の大切さ」「家族の絆」「人とのつながり」をみんなで感じ、考えることができるからである。自分たちもその監督の思いを具現すべく、健気に活動を始めたが、飯能市はじめ地域の諸団体やキーパーソンとつながり始めていることに、喜びと驚きと手応えを感じている。こうして市の後援を得て、市民活動センターの記念イベントとして試写会を開催できる2とは、妻とたった二人で呼びかけ始めた時にはまったく想像できないことだった。

 さて、私たち実行委員会には名前がある。「映画『うまれる』飯能上映実行委員会じゃ、つまんないよね」ということで、会の名称を持つことにしたのである。名付けて「moreシネマ」(右はそのロゴ)

 「ママがもっと外に出やすいように」
 「パパももっと子育てを楽しめたらいいね」
 「もっといろんな人と出会いたい、つながりたい」
 「飯能がもっとワクワクしたらいいね」

 そんな「もっともっと…」の思いで集まったメンバーだから"more"を冠につけた。
 
 ある国際調査
(時事ドットコム:2011年5月19日「子育てしやすい、日本5割=米仏は7割超える-5カ国意識調査」)によれば「自国を子育てしやすい国」と感じている割合が、スウェーデンでは97.1%になるのに対し、日本では52.6%に留まっている。
 まずは、飯能という一地域を“もっと”子育てがしやすいところにしていきたい。そのためには、試写会以上に本番9月11日の上映会では、“もっと”足を運んでほしいと思う。きっと“もっと”つながりができるだろうから。
 でも、無理は禁物。昨日の試写会で“もっと”やることが出てきたのだけど、なにより子育てがおろそかになっては本末転倒。

 だから、moreシネマの皆さん、しばらくは頭と体をお休みにしましょうね。

Img_1682※試写会には50名ほどの方にお越しいただきました。アンケートを見ると、映画の内容は皆さん「よかった」と回答していただいています。ちなみに、進行はmoreシネマ代表(つまり、うちの妻)。“がんばってる風”を強調するため、これ見よがしに娘をおんぶして司会。けども、娘は熟睡して、イナバウワー(笑)

【参考】
 東京新聞(埼玉):西武池袋線の東飯能駅直結 市民活動センター開館 2011年7月3日
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/20110703/CK2011070302000051.html
※このネット配信の記事にmoreシネマのメンバーが飯能市長と談話する写真が掲載されています。文末には試写会のお知らせもしていただきました。

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コメント

以前、ラジオ番組の冒頭で、いつも Here with me are ...
というのが流れていて、ミアさんって人がいつも出てくるけど、
どんな人かな?って思ってました。

奥さん(妻さん?)の話、よくわかります。
でも、ここは一番、自分の話として書くと、奥ゆかしなり、
ツマらないケンカのタネも防げるかも。

「自国を子育てしやすい国」と感じているか?という調査ですが、
他の国で子育てしたことがないからわからない。。。というのが、
(本来なら)99%ではないでしょうか?

あなたは子育てしにくいと感じていますか?という質問なら
わかるのですが、それなら「個人的な感想」にすぎないと思う
からなんでしょうね。

でも、国の比較なんてそんなに簡単にできるはずがないと思います。
ある状況とそれによって引き起こされる感情のつながりなんかも
どこまでつながりがあるのかなあ?とても疑問。

 森井さん、自分で書いておきながら、自分もこういう国際調査をやや訝しく見てはおります。そもそも同じ言語ではないので、各国で質問項目が微妙なニュアンスで違っているはずです。助詞ひとつ変わるだけでも印象が変わるので、パーセンテージの誤差は10%単位で違ってくることもありえると思います。
 とはいえ、スウェーデンと日本の子育てに関する意識に関しての差がこれほどあれば、調査としては「有意」であると思います。もしかすると、これは子育て環境の違いを浮き彫りにしたのではなく、子育てに関する各国の捉え方といった心理的な側面であって、アンケート調査のねらいとは逸れているのかもしれませんが、それでもそこには意味があると思うのです。大事なのは、「育てやすい」と思って子育てしているのか、「育てづらい」と思って子育てしているのか、という回答者の主観なので。
 であれば、それを「育てやすい」と思える環境、あるいは心境にするにはどうしたらいか、いずれにせよ、その必要が出てくるからです。
 私としては、半数が「子育てしづらい」と思っている現状を直視したいと考えています。 

そうですね。
おっしゃっていること、感じていることよくわかります。

しいていえば、
人生って。。。というもんだよ、というような前提が違って
くると、同じような状況でも感じることがちがってくるなあという
ことに、私は過敏になっているのでしょう。

末法思想が流行ったときに、アンケートをとったりすると、
ブータンの人も裸足で逃げだすぐらいのすごい結果になる?
でしょうし、戦後すぐの前後やバブルの前後ようなときでも
(状況に大きな差はなくても)心理的には大きくちがってくることでしょう。

一見、わかりやすいので、よく比較をしますが、
比較ができるかどうか。。。というのは、けっこう難しい、というか
もう、ほとんどできないでしょう。。。みたいに(本当は)思います。
でも、それだと話づらいので、私も比較はよくして話したりしますが、
(ちょっとイカサマぽい?)という感じも持っています。

時間軸上、空間軸上、人生観上という三つの要素で、同一じゃないものを
比較しているのを感じると、どうしてもね。

でも、社会を(いい方向に/変えたい方向に)変えるための「方便」
には使えると思っています。

さきほど、TVを見てたら、プレゼンテーションの話で、

「ロゴス(論理)だけでは不十分」
「情報を物語にする」。。。

などと話されていました。

(一応、情報として)半数が子育てしにくいと思っている日本。
だったら、半数は子育てしやすいと思っている日本、
という別のストーリーもあるかも知れませんね。

たぶん、そこで問われるのは、
「なぜ、自分はこちら側のストーリーをつくろうとするのか?」
ということかなと思います。

客観的にものをみる努力をする人になるのか、それよりも
主観的に人を動かす物語をつくる人になるのか。できれば両方?

若い研究者と、老年の研究者では、その立ち位置も、まわりの期待
も違いそうですから、(一応)同じ人でも別の役どころをやりたがる
かも知れませんね。

もう、ずっと前ですが、まだ子育てしていたとき、

「子どもの行きたがるところじゃなくて、親の行きたい
ところに子どもを連れて行ってないか?」

と叱られたことがあります。

そのときは、そうじゃないと思ってましたが、今
思うと、それはかなりあたっていたようにも思います。

自分のしたいことと、子育てが実は対立していたけれど、
それを認めたくなくて、また、それは止揚できるものだと
思っていたような。。。。

こんな自分勝手な親のもとに生まれたお前の運のなさよ、
「こどもより親が大事」と思いたい。。。オヤオヤ、そんな
親だったのか?!

結局、親にはなれませんでした。

 森井さん、そこはたしかに葛藤がありますね。うちの妻も出かけると十分にこどもが睡眠をとれず、翌日にガーッと寝ちゃってる健気な娘を見て、時折、反省しています。無理させちゃったかなぁ、と。
 でも、それも含めて、我が家に生まれた子どもの避けられない運命で、けれどもそれの全部が全部悪いことではなく、トータルでプラスマイナスゼロになってるんだろうな、と思います。ちょっと“森井的回答”でしたでしょうか?(笑)

そうですね。

たとえば、「もっと」、森井的回答にすると、
プラスもマイナスもそれぞれ分かちがたく、
ただ、プラスに見えたり、マイナスに感じたり
しているにすぎない。。。みたいな感じでしょうか。
(これもやりすぎると、判断停止に陥ります)

more もless もそれぞれいいのかわるいのか、
わからない。。。

確かにいろいろ考えられるし後悔もできるのですが、
また、逆に、それしか考えられないということも同時に
あって、後悔もできるし、後悔する必要も、同時に
ない。。。みたいな「禅問答」的な世界になりますね。

考えたいときは「思わず」考え、考えたくないときは「何も」
考えない、というような態度でいるといいのかな?

あるがまま、ケセラセラ。。。

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