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2011年8月15日 (月)

飛行機の下の雲

Img_2085_6子どもの頃は見上げていた雲を上から見る。とても不思議で、好きな時間。

少しだけ支配的な気分になるが、すぐに自分がその一部であることに萎縮する。

雲が呼吸し、川が脈を打つ。
その躍動感が窓越しにも伝わってくるものだから、飛行機は窓側の席に限る。

ぼーっと眺めていると、いつの間にか時を忘れている
いくら見ていても飽きないのは、地球と自分の鼓動が共鳴しているからなのだろう。

きっと、空(そら)を見ていて、人は世を空(くう)であると感じたにちがいない。否、空(くう)という仏語が空(そら)を空(そら)として見るようになったのだろうか…。

いずれにしても私たちは何かの因縁でつながった一緒のものである。

帰りの機中、私はまたぼーっと空を眺めようと思う。




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コメント

私もあの究極の目線が好きです。

唯一の欠点は「排気ガス」が大量に
放出されているのを真横に感じること
でしょうか。

「空(くう)」は「0(ゼロ)」と発想が似ている
と、どこかで読んだ覚えがあります。
ユニークですよね。有るけど無い。

ああ、そういえば、

『自由訳 般若心経』新井満 朝日新聞社

に「空」のことがあったなと思いだしました。
「雲」のアナロジーで説明してありました。

まず、「色即是空」(pp14-15)の話から引用すると、

この世に存在する形あるものとは、(中略)あの大空に
浮かんだ雲のようなものなのだ。雲は刻々とその形を変える。
そうして、いつのまにか消えてなくなってしまう。
雲がいつまでも同じ形のまま浮かんでいるなどということが
ありえないように、この世に存在する形あるものすべてに、
永遠不変などということはありえないのだ。すべては固定的
ではなく、流動的なのだ。自立的ではなく、相互依存的なのだ。
今そこにあったとしても、またたくうちに滅びてしまう。(後略)

続けて「空即是色」の話が(pp.16-17)に。

この世に存在する形あるものすべてがつかのまであるからこそ、
ついさっきまで存在していたものが滅び去った次の瞬間、またぞろ
様々なものが、この世に生じてくるのだよ。あたかも何もなかったあの
大空に、再び様々な形をした雲が、湧き出てくるようにね・・・

雲をつかむような説明が多い中、この観自在菩薩さま、メチャ
わかりやすいなあ~と思いました。(さすが自由訳?)


『無思想の発見』養老孟司 ちくま書房

のp.151-に「空と無」というところがあり、
p.152 に「色即是空」と「是故空中無色無受想行識」
に触れた箇所があります。

「空」の中には、感覚(色)も、感覚入力(受)も概念(想)も
行動(行)も意識(識)も無い。
だが、「空」は(0のように数字はないが、数字のひとつと
してはあるように)ある。

というような感じの記述でした。

森井さん、そうなんです。自分も変化してないようで、変化している、止まっているようで動いている雲の感じが好きなんです。
人も新陳代謝を激しくているってことは、物理的にも昨日の自分と今日の自分は違ってるってことですよね。それをリアルに見せられているようだから、雲を見る行為はシンクロするんでしょうかね。

以前、確か『爆問学問』だったかで、
福岡伸一教授が、

「分子的にみれば、
人間もガスみたいなわけです」

とおっしゃっていたように記憶
しています。

それ以来、個体もガスに見えて。。。
なんか、人生が楽に(軽く)なりました。

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