骨髄バンク支援

  • 走り続けて、骨髄バンク支援!
2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

« 祝366日目 | トップページ | 閉店間際の魚屋さん »

2011年9月 9日 (金)

サヨの死

 生と死の境はどこにあるのだろうか?

 先週末、私は金沢にいた。JICA北陸からの依頼で「開発教育実践者セミナー」の講師を務めることになっていたからだ。台風12号が接近する最中、開催自体が危ぶまれたが(というか、当日、現地入りの予定だった私が金沢までたどり着けるかが何より心配された)、ほぼ予定通りにプログラムを終えることができた。そのような状況でも来られた皆さんが、熱心に参加してくださったことが一番の要因であって、私自身、非常にいい時間を共有させていただいたと思っている。その後、皆さんと頂いた石川の地酒と肴が格別にうまかったのは、そのせいでもある。Img_2230_2
(写真は「のどぐろ」。開いた口から奥を覗くと喉の辺りが黒くなっている。名前はそこに由来するらしい。非常に脂がのっていて美味しかった)

 よっぽど疲れていたのか、飲み過ぎたのか、ホテルの部屋で、テレビをつけっ放しにして眠っていた。4時ごろになってはじめて、見ていたスポーツニュースがとうの昔に終わっていることに気づき、テレビと照明をオフにし、改めて布団に入り直した。

 叩き起こされたのは、それから2時間も経たない時だった。携帯の画面には、珍しく実家の母の名前が表記されていた。

 「祖母が亡くなったんだな…」

 直感的にそう思ったし、事実、電話の用件はそれだった。

 祖母は、6年ほど前から入退院を繰り返していた。痴呆もどんどん進行していったが、食欲だけは旺盛で、“生きる”という生物としての最低限の機能だけをみれば、「障害」と言えるものはあまりなかったと思う。
 それでも、数ヶ月前の母からの電話で「あと1年から1年半の寿命だと医師から宣告を受けたから」と知らされ、その正常な動作にも終わりが近づいているのだと覚悟だけはしておいた。ストップウォッチで測るように、どうして
「あと1年から1年半の寿命だ」などと言えるのか、その医学の摩訶不思議さに違和感はあったものの、寝たきりとなり、コミュニケーションがとれなくなっていたのだから、おそらく大きく間違ってはいないだろう、と平然ともしていた。

 お見舞いに行けば、母は気をつかってか、「一喜が来たよぉー」とかなり耳が遠くなった祖母の耳に口を付けるようにして言い、「あ、やっぱり反応するんだね。一喜が来たことが分かるんだぁ」といつも喜んで言ってくれるのだが、さすがにここ2〜3回は無理があったと思う。
 ただ、表情には出なくとも、鼓膜に届く私の声の波動とか、わずかに感じる肌のぬくもりで、かろうじて孫が来てくれたことは認識してくれていたのだと思っている

 しかし、コミュニケーションがとれないのであれば、なんの意味があろうか…。
 それは、「味噌おにぎり握っておいだがら、いっぺい、けぇ(いっぱい食べなさい)」とか、「お墓参りは、そんな半ズボンで行ぐもんでね」とか言っていた祖母とは別人であって、とうてい“生きている”とは思えなかった。語弊があるだろうが、祖母とのやり取りがもうないのだと思うと、私の中では半ば“死んでしまっていた”のだと言いたくなる。

 生前、祖母は「延命措置はしてほしくない」と母には告げていたようで、幸い、徒に“生かされる”ようなことは避けられた。自分の人生を自分の力でしっかり全うし、93歳まで命を長らえることができたのである。最期には納得のいく人生だと思えたからこそ、自分の死に時を自分で決めていたのだと思う。
 自分には分かっていたからこそ、お別れの瞬間が寂しくならないよう、生と死の境目を行き来してくれていたという風に思えなくもない。

 出張から戻った翌日の朝、新幹線で実家へ向かった。葬儀の準備でバタバタしている中、記念にと祖母と二人で写っている写真を探したが、一向に見当たらない。「写真は、ぎゃねがら(嫌だから)」と絶対にカメラの前に立とうとしなかった人だから、想像はされたのだが、ここまでないとは思わなかった。
 “二人で”というのはとうとうなく、唯一、生まれたばかりの私を抱え、若かりし頃の両親と写ってる写真だけが見つかった。それは(もちろん)私の記憶にはない。写真の中の祖母は、私が見たこともない静謐な表情をしており、私が感じたことのないような眼差しが向けられている。

 私と祖母の人生の重なりは、そうしたグラデーションを帯びて存している。永遠に色褪せてはいくものの、それはけっして無色になることはないのだろうと思う。

 石川サヨ 9月4日に大往生す  享年93歳

Img_2240

« 祝366日目 | トップページ | 閉店間際の魚屋さん »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ご愁傷さまです。

いい写真ですね。
(そしてこうした写真の場合、おばあちゃんは
カメラは見ないで孫をみつめてますね)

話ができなくても、意外なほど聞こえているし、
また、手を握るのがいい。。。

などと聞いたこともあります。

孫からみる祖父母の死と子からみる
それとも意味が大きくちがっていると
もよく言いますね。後者の場合、
その存在だけでも大きな意味があるなどと。

それにしても、
お孫さんにこうして書いてもらえるおばあさん、
それだけでも幸せですね。
意外とその存在が「圏外」という人が多いと思います。

自分であまり気にしていませんでしたが、祖母はもしかすると写真をとられていることすら気づいていなかったか、知っていてわざと無視していたのかもしれませんね。森井さんのコメントを見て、孫を見ている方がよっぽどいいやとこの時思っていたのかもな、と感じました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549757/52689876

この記事へのトラックバック一覧です: サヨの死:

« 祝366日目 | トップページ | 閉店間際の魚屋さん »