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2011年10月

2011年10月19日 (水)

何の気なしにNHK

 一昨日放送された二つのNHKの番組について触れたい。

 ひとつは『プロフェッショナル 仕事の流儀』
 茂木健一郎氏が司会をしていた時は結構な頻度で観ていたが、最近はまるっきり観ていなかった。それがたまたま目にした番組宣伝からの「白血病患者と闘う医師の物語」というフレーズが耳に入り、何の気なしに予告通りの時間にチャンネルをあわせていた。
 取り上げられていたのは、血液内科医の谷口修一氏
(第162回「『生きたい』その願いのために」2011年10月17日放送)。「内科」は一般の人にとって最も馴染みのある科になるだろうが、「血液内科」となると途端に「聞いたことがない、見たことがない」ものになるのではないだろうか。少なくとも「○○血液内科医院」といった町医者の看板にお目にかかることはまずないだろう。

 私はその血液内科というところに18歳の時から病気が完治するまで通い続けた(おおよそ12〜3年間ほどになろうか)。大学入学のため、上京してからは虎ノ門病院で診察を受け、骨髄移植もそこで受けた。最上階である13階が血液内科の病棟で、退院してから10年以上も経つが、なんとも言えない独特の匂いや空気感をいまだに思い出すことができる。半年以上も入院していたのだから(しかも他にも何度か入院をしていたし)、当然と言えば当然なのかもしれない。

 番組を見始めると、フラッシュバックのように記憶がよみがえってくる。否、それはフラッシュバックではなく、そのものだった。画面に映る待合室のようなスペースは、13階のエレベーター脇に位置していたものだったし、谷口医師が地下鉄の駅を降りて通勤する背景にあったのは、私が何度も通い詰めた病院までの景色だった。
 谷口医師は私が退院後に赴任した先生なので、面識は全くないが、虎ノ門病院血液内科の今の部長であった。

 番組では二人の患者が取り上げられていた。ひとりは、妻と「
定年後はゆっくり過ごそう」と誓い合っていた初老の男性。もうひとりは、中学生の娘をもつ50代の女性。こういった番組にありがちな成功例にはならず、二人とも快復せず、無情にも息を引き取ったとのナレーションが入る。
 初老の男性は、定年を迎えた矢先に白血病と宣告された。誓いを叶えたいと“名医”を訪ねて、希望を何とか繋ごうとする。「高齢で移植はリスクが高い」と言われるものの、「少ない可能性でもそこに賭けたい」と言う一縷の望みは、横にいる妻へ「僕は嘘つきじゃないから」と言ってもいるようでやるせなくなった。
 やっと入院にこぎつけ、希望を持って病室に入るその初老の男性は、窓越しに「印刷局の人たちは、昼休みになるとみんな走るんですよ。私もあんなふうになりたいなぁって羨ましく思うんです」とも言っていた。10年以上も前、私もまったく同じ風景を見ている。「俺もあんなふうに好きなだけ走れたらなぁ」と彼と同じ感情で。もしかしたら、部屋まで一緒だったかもしれない。

 今、好きなだけ走れている自分とそれが叶わなかった初老の男性。その境界線はどんな基準で私たちの間に引かれたのだろうか? ただの偶然で、それが運命というものなのかもしれないが、生かされた側からも単に「ラッキーだった」とは思えないむごさを覚える。

 もうひとつ観たのは『クローズアップ現代』で、「“自給力”〜食とエネルギーを自給する暮らしの可能性〜」
 というタイトルの回(番組HPでは、放送の半分ほどが動画でチェックできる上、内容がまるごとテキストで記載されています)正確には録画していたので、観たのは昨日だが、観ながら(時折DVDを止めつつ)妻と生き方の話になった。「とにかく夜10時や12時に帰宅するような生活・社会・会社は絶対におかしい!」「じゃ、どうすりゃ、それが変わるんだ? 口だけじゃなく行動に移さないと意味ないし…」ってな具合に。

 妻の主張は、311後に原発事故のあおりで計画停電が実施され、企業はやむなく定時退社を勧めたり、柔軟な勤務体系で対応したりしたが、どうにかなっていたので「やればできるじゃん!」というもの。しかも、みんながそれで家族円満になったとインタビューで答えているもんだから、「なおのこと、そうすればいいのに」と主張を補強する。
 番組で取り上げられていた埼玉・小川町の有機農家・金子美登氏
(この手のテーマではかなりの率で取り上げられる)が、今の方針を決意するのはオイルショックがきっかけだったという。それは、今、私たちが311を経験し、社会をパラダイムシフトさせたいと強く願うのと重なってくる。だから、311のインパクトは、ポジティブへと向かう反作用を期待していいのだとも考えられる。

 それでも、私たち夫婦もだし、多くの一般人もこれではいけないと思いつつ、何かしらのアクションを起こすには至っていない。それは十分なアクションを起こすための十分な対話の時間を確保することができていないからなのだと思う。

 日常に振り回され、十分にアイデアを出し合えるほど余裕がなく、費やすべきところに時間に費やされない。自分の仕事について語るのと同じほどに、家庭や地域のことを語れる時間が確保されれば、社会は別のものになってくるのだと思う。些細な違いのようだが、結果は恐ろしいほど違ってくる。
 まるで誰かが、人間的な幸せの在り方について語り合わせようとはせず、お金や経済のことにだけに関心を持つように仕向けているようだ。

 なぜ、そんなことをするのかがまるで理解できないが、もしかすると境界線を引いたあの人の仕業なのかもしれない、と思いたくもなってくる。

2011年10月14日 (金)

隠蔽体質

 どうも世田谷のホットスポット騒動は、原発とは関係のないラジウムだということで落ち着きそうである。とはいえ、近隣のほうぼうから「通常より数値が高い」という情報が洩れ聞こえ、被曝の恐れから免れたわけではない。神経質に聞こえるかもしれないが、乳幼児をもつ親は特に、そうならざるをえないし、予防原則の前提に立つべきだと思う。

 妻の友人が「幼稚園の園庭の放射線量を測ってほしい」と園にいくらかけあっても「それはできない」との一点張りで、「測定させてくれない」と嘆いていたらしい。園ばかりでなく、周りの親たちもあまり関心はないようで、「なにもそこまで…」といった素知らぬふうなのだそうだ。

 測定して、高くなければ安心して子どもを園庭でのびのびと遊ばせてあげられるし、高ければ、そんなところに放置してはおけず、除染なりなんなりの対策をとればいい。ただそれだけのことなのだ。それは親の常であり、園の責務ではないかと私は思う。
 被曝するかもしれないという以上の何を恐れているかが、私にはさっぱり分からない。

 その友人以外の親御さんたちだって、我が子を被曝させたいなどとは決して思っていない(はずだ)。ただ、急に降って湧いた原発事故という非日常を受け入れたくなく、あるいは信じ難く、自分が“被害者”であるという悲劇の範疇に入ってしまうのが嫌なのだ。あくまで、自分の周りには日常が流れていて、今まで通りの生活が保証されている。そう思いたいだけなのだ。

 しかし、それが数値として明らかになれば、否が応でもその居心地のいい現実逃避からは連れ戻されるわけで、一時の安心は水泡に帰する。
 変化を恐れ、安定を求めるのは、人間の本性だと心理学が語っていたが、現実を見据えないでそうするのであれば、しっぺ返しのほうが怖い。

 親という個人であろうが、幼稚園という組織であろうが、放射線量という数値に対処するのではなく、現実がどうであるかということへ対処し、責任を持つべきである。それは、数値に対して怯えるのではなく、現実に対して怯えるほうが賢明ではありませんか、とも言い替えたい。

 私たちには、現実を覆い隠し、自分に都合のいい仮想現実に身を置いておきたいという“隠蔽体質”の傾向がある。とかく、政治家や企業を非難の的とするが、それは私たちが醸成し、生み出した産物であることを肝に銘じておくべきだと思う。

2011年10月 6日 (木)

我が家の小さな哲学者

 まだ言葉を操らないから気づいていないだけだが、娘は大人(当然、特に親)を見て、まねごとをし、幾何級数的に人としての知恵を身につけている。イイこともワルいことも。あらゆる日常を見られている親としては、おちおちとしてはいられない。

 おおよそはその成長を微笑ましく見ていられるのだが、唯一、私も妻も許せないのが、思いっきり鼻の穴に指を突っ込むことである。しかも、それが快感であるような表情をしているのだから、即指導を入れる。
 しかし、娘のほうが上手で、「止めなさい」と指を引き抜いても、更なる笑みで、その所作を繰り返す。こちらも笑うしかないのだが、
たかだか1歳のやることとは言え、曲がりなりにも女の子である以上(娘はあらかた男の子に間違われる)保育園に行く前には何としてでも止めさせねばなるまい。というか、人としても解せないか。

 とにかく、娘はそんな親の思いを意に介さない。こちらは呆れ果て、最後に矛先は夫婦双方に向けられる。「普段、お前が日月生(←娘の名前)の前で、鼻、ほじってんだろ!」「いや、あなたでしょ!」と責任をなすり付け合っているのだ。

 子を持つと本当にいろいろなことを考えさせられる。生き方のシンプルさに、娘から学ばされることも多い。前述のエピソードじゃないが、娘が鏡となって、自分を見透かされるような気分になることもある。
 また、子育てを介して、今まで持つことのなかった、けども持つべきだったと思う時間を持つようにもなっている。

 帰りが遅くなければ、娘を寝かせつけるのは私の役割だ。風呂に入れ、服を着させるまでが私の役割で、その後、妻がおっぱいをくれてやり、再度、私にバトンタッチされ、二階の寝室に連れていく。
 最近のパターンとして、妻の乳房から離されるや否や、私に“拉致”されることを予見し、「こっち来るな〜」と大泣きが始まる。それでも強引に連れていくと、布団に乗せてもしばらくは泣き止まず、挙句の果てには、策が尽きたと指をしゃぶって天井を見やり、「これはなにかの間違いだ」とばかりに現実逃避へ走っている。やばいことに、目は見開いて完全にイッっちゃっていて、意識は彼岸に行っている。

 さすがにそのうち本当に「彼岸」へ行き、眠りにつくことになるのだが、一応、目が開いている状態まではそばを離れられず、添い寝してあげている。その時間が、時に5分だったり、30分だったりするのだが、実にいい。

 照明は落としてあり、音はほとんどしないので、私自身が瞑想しているような時間となる。今日の仕事の捗り具合をふりかえることもあれば、明日やるべきことを整理することもある。この子と10年後はどんな会話をしているのだろうと想像し、まだお風呂に一緒に入ってくれるだろうかと願いも込める。孫には生きているうちに会えるだろうか、老後は妻と仲良くやれているだろうかと心配もする。
 “瞑想”と言うには大げさで、卑近で雑多なことがほとんどだが、静かに自分と家族を見つめ直している時間であることには間違いない。言葉を交わすわけではないが、そうした意味で、私は娘とのこの時間を我が家の「哲学」の時間だと思っている。

 すでにロードショーは終わっているようなのだが、自主上映会でもいいので『小さな哲学者たち』という映画を観てみたいと思っている。3〜4歳の園児を対象に実際に行われたフランスの幼稚園での哲学の授業の模様が描かれているドキュメンタリーだ。予告編でほんの一部分とはいえ、子どもたちのやり取りは実に深遠で興味深い。

 「愛ってなに?」
 「自由ってどういうこと?」

 
彼らのあまりに自然な問いかけとそこに真摯に向き合う姿を見ると、どうしてこんなにまで現代人は哲学を語らなくなったのだろうと残念に思う。

 ま、そんな偉そうに言えるほどではないのだけど、少なくとも娘に機会を与えられた「哲学」の時間があることに感謝している。そして、寝かせつけながら、二回に一度は私も「彼岸」へ行ってしまい、睡眠学習の機会まで得られているわけなのだ(笑)。

 いろいろな機会を与えてくれている、うちの“小さな哲学者”には感謝しきりなのである。

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