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2011年11月 2日 (水)

嗅覚の季節

 家の前にはキンモクセイの木がある。“家の前”と言っても、うちは貸家で隣りの大家さんのものなのだが、匂いはそんな境は気にしない。香気を放つのはそう長くはないが、秋の到来を感じさせる風物詩のひとつである。
 最近の子どもたちはこれを「トイレの匂い」と言ってしまうらしい。後発の脇役に主役の座を奪われたキンモクセイを想えばなんともやるせないし、(おそらく)人生で先に嗅いだのがトイレの芳香剤のほうで、キンモクセイの香りをそうインプットしてしまった子どもたちを想うと哀れと思うほかない。
 しかし、よくよく自分をふりかえってみれば、「トイレにサワデー、爽やかサワデー♪」とCMのフレーズを茶化して口ずさみ、それが“キンモクセイ”という木の匂いであることを感知したのはだいぶ後になってからのことである。近所にキンモクセイの木がなかったような気がするし、我々世代にとっての芳香剤の代名詞がまさにキンモクセイの香りだったから
(Wikpediaには「トイレの芳香剤として1970年代初頭から1990年代前半まで主流で利用されていた」とある)、わけもない。偉そうなことを言っているが、紛れもなく私も“哀れな現代っ子”だったのだ。

 そんなことを書こうと思っていたら、とうの昔にキンモクセイは香らなくなっていた。先週、調べものがあって国会図書館に足を運ぶと、匂いの主役はギンナンに移っていた。
 銀杏並木というのは本当にきれいで、都会の街並にはとりわけマッチする。しかしだ。実が落ちた後はいただけない。アスファルトに覆われた路面では、踏んだ瞬間、匂いはアスファルトと靴底で濃縮し、密封され、足を上げた途端に逃げ場のなかったその分子は四方八方に無邪気に開放される。土の上であれば、そこまでにはならぬだろうに、ご都合主義の都会では後先のことはどうでもよく、見た目以外の面で双方はマッチしないのだ。

 さてさて、大学(八王子キャンパスという名の高尾の麓)のほうも葉が色づき、紅葉の季節となりつつあるが、こちらはゼミ生募集の季節である。毎年、この時季になると、1年生らはゼミ案内の冊子(約40人の国際学部所属の先生のゼミ紹介が先生ごとに見開き2ページで掲載)を片手に、気になる先生の研究室を訪問する。その後、卒業まで3年間の付き合いになるわけだから、学生の目はいつになく真剣である(笑)。

 石川ゼミはまだ3年目で、今の1年生が入ってくれば4期生にあたる。まだまだ実績は浅いものの、幸いにも興味関心、そしてフィーリングがあえばいいなと思いながら、彼らにこれまでやってきたことを紹介している。
 エネルギー問題を考えるために炭焼き合宿を古民家でやり、学力世界一・フィンランドの教員を呼んでディスカッションもし、高尾山のフィールドワークやブラインドサッカーも体験した。日本三大ドヤ街のひとつ、東京・山谷で実際にドヤ
(主に日雇い労働者が泊まる簡易宿泊所のことを言う)に泊まったり、放射性廃棄物の問題を扱ったドキュメンタリーも観に行き、在日の人たちで構成される劇団の公演も観に行った。 真剣に聴く学生の眼差しを見つつも、走馬灯のように記憶がよみがえってきて、頭の中には「いつのこと〜だか〜、思い出してご〜らん♪」(『思い出のアルバム』)とメロディが流れてしまう。

 ちなみに、先月、「社会人基礎力育成グランプリ」の学内予選があり、そこで4年生にこれまでのゼミ活動の集大成として、プレゼンをしてもらった。Img_2376_2 あえなく選外で本選出場とはならなかったが、本当によくやった。社会人基礎力は 社会人である自分ですら十分でないのに、彼ら(右写真が予選後の発表者3名)はそこへの一歩を立派に踏み出したと思う。

 こうした大会に出てもらったのは、カタチにすることをゼミで重視したいからだ。学生には「そんなことぐらいできますよ」と高を括るのではなく、「こんなにも大変だったのか」と今のうちにどんどん恥をかいてほしいのだ。堂々と失敗できる(容赦される)青春を今のうちに謳歌してほしいと思っている。

 だから、紅陵祭(学園祭)で展示発表をしてもらい、模擬店も出してもらった。こちらも閉会式で表彰されるようなことにはならなかったが、人様に見てもらう、食べてもらうという責任がいかにいい加減であってはならないか、ということは痛感してもらえたと思う。それらもまた彼らの前進であったはずだ。

 寺山修司のように「書を捨てよ、町へ出よう」とまで教員として大胆には言えないが、頭でっかちでも筋肉バカでもなく「書を持って、町へ出よう」というスタンスで、今日もまた彼らと付き合っていきたいと思う。
 そんなゼミを何人の1年生が嗅ぎ付けてくれるだろうか。今から楽しみである。

Img_2385_3 Img_2386_2Img_2388_2

 

[左]東北復興支援を目的に東北の郷土料理「ずんだもち」を販売
[中]ゼミテーマ「持続可能性(Suatainability)」で展示発表
[右]下ごしらえなど研究室でワイワイと準備

※石川ゼミホームページ http://ishikawasemi.jimdo.com/

 

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コメント

金木犀、いいですね。
甘い香りが遠くまで。
色も鮮やかで。

トイレの芳香剤なんですね。
知りませんでした。

また、
石川ゼミはいろんな体験も
できそうでいいですね。
本も体験、町も体験という
感じでバランスもいいと思いました。

きっとその薫りに集まってくる
人もいると思います。

「社会人」という言い方は英語ではないという
ことを以前きいたことがあって、なるほどと
思ったことがありました。

「子供も社会のメンバーだよね」と思ったし、
「働いている人だけが『社会人』?」
「退職した人は入ってるのかな?」
などと思うと、なかなか「日本的」。

また、「基礎力」という言葉からは、
「社会人にも、規格があって、それが最低基準ですよ」
みたいなものを感じます。
これも優れて「日本的」かも?

先日。安藤忠雄さんが中学生に語りかける番組が
あって、「塾に行ってる子は?」と彼がたずねると、
ほとんどの子が手を挙げ、それをみた安藤さんは、
「絶望的やな。。」とつぶやいておられました。

いろんな塾や予備校で働いていた私からみても、
この多様性の少なさには、同じ感じを受けました。
自分の価値観や方法を育てるだけの環境がない
なあと思いました。

「楽」や「安心」にのみ集約されている感じ。


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