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2011年12月31日 (土)

「刻」の蕎麦をすすりながら

 大晦日と言えば、レコード大賞と紅白歌合戦。そうなんだと思っていたら、いつの間にかレコード大賞は30日にやるようになっている。昨日、テレビをつけたら大賞をとったAKB48がステージ上で笑顔を振りまき、飛び跳ねていた。不幸なことに、オジサンはトップの前田敦子以外、誰がどなたかまったく存じ上げない。(おニャン子クラブの時だって、ひとりひとり名前を覚えるようなたちではなかったが)

 どうも昔ほど、レコ大も紅白も威厳がなくなったよね〜と見ていて妻と話す。それは単に「みんなで同じ時間を共有する」という“儀礼”がなくなってきたせいなのかもしれないが、大晦日の活況に一役買っていたような気もして淋しくもある。そんな我が家は2年連続、家族水入らずで紅白を見て、年越しをする予定だ
(ここになってうちら夫婦は今年の流行りを学習する)
 もちろん年越し蕎麦をすすりながら。

 大晦日と言えば、もうひとつ、年越し蕎麦。蕎麦と言えば、小諸の「笊蕎麦 刻(とき)」である。

 皆さん、
小諸駅前から徒歩で1〜2分ですので、お近くにお立ち寄りの際は、よろしくお願いします!

Img_2578
 実は、大学の同級生が今年、この
「笊蕎麦 刻(とき)」の店主と結婚し、長野に引っ越した(勤務地は渋谷なので、普段、彼女は新幹線通勤している)。いつか訪れたくはあったのだが、さすがに近所ではないので、なかなか叶わなかった。
 そこで、毎年恒例で12月29〜30日に行っている
温泉旅行にかけ、そこへ行くことにした。大学時代の軟式野球サークルの仲間たちとの恒例旅行で、結婚し、家族が増えてもいまだに続いている。ちなみに、長野に越した同級生は、このサークルのマネージャーだった
 特段、企画はなく、ただただ顔をあわせ、湯に浸かり、酒を煽るだけなのだが、みんなこれを生き甲斐に一年仕事をがんばっている。やや大げさかもしれないが、それほど楽しみにしているわけだ。

 すでに行きの新幹線から缶ビールをかっくらっていたが、蕎麦屋に着いてからも特別に用意してくれたつまみがうまく、なおのこと酒がすすむ。
 当然、最後は蕎麦で締める。太めの田舎蕎麦というのもあるが、私は基本の笊蕎麦を注文。これがまた、私好みの細く透き通った蕎麦でかなりいける!

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 今夜はこの蕎麦を家族みんなですする。あまりに美味しいので、忙しい最中、翌朝一番で打ってもらい、宅急便で送ってもらったのだ。店主の丁寧な仕事ぶりが分かるこの蕎麦は、一年の締めくくりにはふさわしい。

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 帰りの新幹線で「今年もまたこうしてみんな元気で集まれたのはなによりだね」と話し、何度もウンウンと頷いた。外に出かけられるほど健康であって、温泉に一泊できる金銭もあり、それを快く
(かどうかは家族によって微妙に違うかもしれないが(笑))送り出してくれる家族がいて、毎年ここで改めて幸福感を噛みしめることになる。それがこの恒例年末旅行の意義でもある。特に今年、その思いは特別だったのではないだろうか。

 温泉から駅まで送迎してくれたタクシーの中。年の頃は定年間近の運転手が、観光客へのサービス精神か、軽妙洒脱に話しかけてくれた。おかげで、道中、楽しい雰囲気で進んだが、たまたま震災の話になった時、その運転手の母親の実家が福島・南相馬であることを話してくれた。

 いても立ってもいられず、
震災一週間後には仕事を休ませてもらい、現地に向かったこと。
 被災現場にはまだまだ多くの遺体が散乱していたこと。
 自分がいた3週間、どの国会議員も現地に足を運ばなかったこと(選挙区の議員でさえ)。
 政治家は口ばかりな上に、派閥争いに忙しく、復興復旧のために全力を尽くしていないこと。
 とにかく腹が立って仕方がないこと。

 そうしたことを口にしている途中、急に目頭が熱くなった運転手は、何度も「お客さんにお尻向けて、こんな話をしてすいません」と恐縮していた。そして、おもむろに背広のポケットから、おそらく何度も見返したのであろう、端がボロボロになった紙を取り出し、うちらに見せてくれた。

 「もう50回目にもなるんですけどね、同窓会の案内です。あ、年がバレちゃいますね。今度の同窓会がこんな風になるとは思っていませんでした。同級生がまだ14人見つかっていないんです

 昨日まで楽しく飲んでいた“当たり前”が急になくなるとは、どんな心境になるのだろう。冗談半分で「来年は誰か死んでっかもしんないよな」と別れ際に笑ったが、今が明日にまで確実につながっていくとは限らない。それを自覚しながら、日々暮らしていくべきなのだが、節目節目に意識しなければなかなか思い出せるものではない。
 
 だから、明朝の日の出だけ特別なものにしたくはない。日が昇るたび、その暖かさと明るさを体感できる有り難さに日々拝むべきなのだろう。そんなことを「笊蕎麦・刻」の蕎麦をすすりながら考えようと思う。ただし、AKB48の元気さに圧倒されなければだけど。

追伸
 これが本年最後のブログになります。指折り数えられるくらいであろう本ブログの読者の皆さん、ご愛読いただいたことに感謝いたします。引き続き、来年もご愛顧いただきますよう何卒よろしくお願い申し上げます。
 皆さんにとって来年が良い年になりますように。

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コメント

今年の紅白は東北のことが
やはりたくさんでてきますが、
みな気持ちがこもっているな
と思います。私もなぜか涙目
になっていたりしていて。

もの思ういい装置かも知れませんね。

みなさんでお越しいただき、ありがとうございました。帰りのタクシーでそんな話があったとはね。同じような境遇の方が他にも大勢いらっしゃるかと思うと、心が痛むとともに、自分の幸せをありがたいと思う心の薄れようを反省します。今日の一日を感謝ですね。夫婦円満の秘訣も同じかな。

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