骨髄バンク支援

  • 走り続けて、骨髄バンク支援!
2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

« お歳暮よ、お前もか | トップページ | 強制お茶してきて会 »

2011年12月13日 (火)

まねぶこと

 生まれたての子鹿のようであるが、娘はよちよちと歩くようになった。3 それとあわせて、親の真似をし、必死にいろいろな仕草を覚えようとしている。私が鼻をかめば、手を鼻にあてクシューと顔をしかめ、布巾でテーブルを拭けば、手のひらを下に向けてバイバイとするような動きをする。彼女のなりの納得で親と同じような仕草ができたと思えば、したり顔でご満悦だ。その動作の意味がまるで分かってなくとも、今は「合理的」なんてことは彼女には重要でない。

 「学ぶ」とは「まねぶ」から来ている。つまり、「学ぶ」の第一歩は「真似」であって、そこから堂々と始めていいのである。真似することは、どこか「くすねる・かすめる」といったネガティブな響きがあるが、アイデアはゼロから生まれなんてことはなく、おおかた“あるもののマイナーチェンジ”なのだ。名著『アイデアのつくり方』
(ジェームズ・W・ヤング著 阪急コミュニケーションズ)でも「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」と言っている。

 たまたま今朝出勤途中に聴いていたJ-WAVEの番組でも「まねぶ」について触れていた。自分は「まねぶ」が「学ぶ」の語源であったことは聞いていたが、同じように「真似る」の語源も「まねぶ」なんだそうだ。もともと「まねぶ」があって、そこからダーウィンの進化論のように枝分かれし、「学ぶ」と「真似る」になった。片や優等生的な扱いをされ、片ややんちゃ坊主の問題児扱い。その両者が同居することは叶わず、便宜上、分けて使われるようになっていく。

 細分化、分類化していく近代の機会論的な思考の限界が露見している今、カオスこそ、厄介でありながら本質であるように見える。そう思えば、「まねぶ」の復権があってもいい。「学ぶ」と「まねぶ」が同居する感覚が自分には魅力的に映る。

 J-WAVEの番組ではこうも言っていた。「はじめは真似であってもさらに真似を真似、さらに真似、それを続けていけばいずれ元のものとはまるで違う立派な“新規のアイデア”になっている」と。

 娘の「まねぶ」がどう進化していくか、見守っていこうと思う。

« お歳暮よ、お前もか | トップページ | 強制お茶してきて会 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

おもしろいので、私もちょっと調べてみました。

国語大辞典(小学館)によると、

「(学ぶは)まね(真似)の動詞化で、「まねぶ」
の交替形と思われるが、その先後は不明。
「まねぶ」が平安女流文学に多いのに対し、
「まなぶ」は漢文訓読体や男性語として用いられる
ことが多かった」

とあり、共時的な面もありそうです。
それにしても、真似って、けっこうコッケイ
な感じも自然にでてきますよね。パロディー
しかり。なんでだろう?

森井さん、いつも補足情報ありがとうございます。
わざわざ調べてまでくれて、こちらの勉強になります。結構、勢いで書いているので(最近は時間ないので、通勤の車中で書いてます)、助かってます。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549757/53474160

この記事へのトラックバック一覧です: まねぶこと:

« お歳暮よ、お前もか | トップページ | 強制お茶してきて会 »