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2012年1月15日 (日)

今風キズナ

 もしコのブログの愛読者がいるのだとすれば、大変申し訳なく思っている。極めて簡単なあいさつだけを元旦にしてそれっきりにしているからだ。しかも喪中であるが故、知人友人にも賀状で新年のあいさつすらできていない。年の瀬迫った時に年賀状を書くのは(実際にはパソコンでデザイン作成し、大量印刷)大変な労苦だが、逆に年明けに届いた時のうれしさといったらない。今年はそれがなかったから、こちらの身としても淋しい。それでも気遣いあってか、丁寧に寒中見舞を送ってくれる人たちもおり、炬燵でそれを眺めれば、なおのこと暖かい。いい思いをしたのだから、来年からは私も喪中の人たちに寒中見舞を送ろうかと思う。

 仕事柄、年々、賀状を送る相手は増えていくのだが、中には「あて所に尋ねあたりません」との朱印が捺され、住所不定で連絡がとれなくなってしまう人もいる。向こうから年賀状が送られてこない限り、どうしようもなく、縁が遠のいてしまう
(今の時代、mixiやFacebookなどSNSでどうにかなるのかもしれないが、そこまでして“捜索”する気にはならない)。それもまた「もののあはれ」なのだろうけど、そう割り切れるものではない。

 そう思う一方で、昨今、あえて縁遠くしているように見えることもある。とりわけ若者(学生たち)に多く見られることなのだが、目まぐるしい“アド変”がそれだ。「アドレス変更しました」メールの多さたるや、なんともうんざりである。そもそもいくつものメーリングリストの管理をしているので、アドレスブックを書き換えたり、再登録をしたりだとか、面倒であり、煩わしくあり、ややこしいといったらありゃしない。私なんぞ、初めてプロバイダーと契約を交わして十数年来、そのメアドをいまだに使用しているんだぞ!
(オジサンのそんな呟きは一笑に付されるだけか…)

 迷惑メール対策だというのは重々承知している。ケータイが主なのか、PCが主なのか、という違いもあろう。ただただ私を手こずらせようとしているわけではない。
 それでもちょくちょくメアドを変更するという若者たちの行為(文化?)は、まるで煙幕を張るかの如く、自分の存在を薄く、透明にしてしまっているように見える。決して意識的にではないにせよ、結果的には能動的にそうしていることになる。自分と他とのつながりを心地いいものだけに限定し、より狭めていく。周りがそこにつながろうとしても、アド変するたびに相当数の輩を振り分けられる。選抜されたものだけが今風の絆を獲得できる仕組みになっている。

 雑音が増えた現代において、それは合理的なことかもしれないが、アド変の連絡メールが来るたびに侘しくなる。と同時に、「まだつながってくれるようとしてくれたのか」と安堵もする。その安心がなるなることへの不安がまた募り、「安心」と「不安」は際限なくローテーションしていく。

 さて、突如ブログをアップしたのには訳がある。
 11月に「ブログ休養宣言」をしておきながら、結局はズルズルと書いてきてしまった。で、今回は本当にしばしお休みにしたい(少なくとも今月いっぱいは)。書かなくてはいけない論文が2本待ち構えているのです。
 ここまできて気づかれた方もおられようか。そう、私は読者に忘れられたくなのだ(笑)。皆さんはここにアクセスする限り、私に振り分けられることはないので、ご安心を!

【おまけ】
 さらに印象づけるために、この写真を(笑)。
 全部紛失してしまって泣くに泣けない思いでいた「2004年アテネオリンピック聖火リレー」の写真を正月帰省中の実家で発見! 新春の縁起物!?として掲載しておきます。

Img

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コメント

若者のアドレス変更にそんな心理があった
んですね。なんで、頻繁に変えるのかな?
と思ってました。

どんな人間関係が築けるのか、築けない
のかよくわかりませんが、今日もレストランの
隣の席で一方の子がケイタイで何かメールを
し始め、それをもう一方の子が所在なげに
ずーっと眺めてました。
一緒に食べにきて、目の前の人物とは会話せず、
遠い人にメッセージを送っている不思議。

私ならそんな人と二度と一緒に行動したくない
なあと生理的に思いました。

追記:
論文に専念してくださいね。専念している間は
けっこう楽しいし。

 森井さん、「若者のアドレス変更にそんな心理があったんですね」とありましたが、あくまで私の勝手な見解なので、学生たちはそんなことこれっぽっちも思っていないかもしれません。たいがい、こちらの想像にすぎない場合が多いです(笑)。
 好き勝手に書いているブログなので、その点だけ、ご了解を。

え~。そうなんですか。

毎日、仕事柄、若者と接して
いるんだろうから、
裏をとっておいてくださいね。

でも、「意識的でない」としたら、
裏もとれませんね。

どうしたらわかるのかな?
社会学/心理学?の先生とかに
ききたいですね。

書かなくてはいけない論文2本と
格闘中でしょうか?
がんばってください。

それにしても論文って大変ですよね。
専門家同士で読み合うので、
根拠のない変な想像も書けないし、
そうかといって、そんなに書きたい
テーマや資料が手元にあるわけ
でもないだろうし。

期限付きの義務になると、どんな
ことでも気が重くなりそう。

ま、それでもそういうことが基本的には
好きな人たちが集まっているわけで、
それを仕事にできているので、やはり
幸運かも。

ところで、あまり本屋さんなんかでは
見かけない気のする論文って、
どこでどうすれば読めるんですか?
ブログに公開とかもありでしょうか?

 森井さん、実はそろそろブログ再開しようかと思ってたところでした。書きたいこともありましたので。ただ、論文は全然書き上がっていません…。
 論文は、ブログに公開するつもりはないのですが(かなり長くなりますし)、国会図書館に問い合わせるなどすれば複写は送ってもらえるかも。もちろん経費はかかってしまいますが。あとは大学に問い合わせれば、紀要を購入することはできるかもしれません。税込みで1,500円するようです。

そうですか。

とりあえず、近くの大学の図書館
で訊ねてみます。拓殖大学の紀要
ですね。

ネット社会なので、どこかの学術研究機関
が一括して論文を公開していそうな気も
しますが、そうでもないんですかね。

広く一般に公開すれば、いろんな知恵が
集まって、大学や研究所、研究者や専門家、
好事家、オタク、アマチュアなどの垣根(壁?)
が崩れて、面白くなりそうですね。


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