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2012年4月

2012年4月28日 (土)

飯能まちなか測定室準備会

 前回ブログで森井さんからもらったコメントに深く考えさせられている。ちょうど、新学期が始まり、自分の講義(あるいはゼミ)がどれだけ学生たちを思索の道に引き込めていけるか考えていた時だっただけに、余計に身が引き締まる思いだった。

 コメントのもとになったのは、4月17日付の朝日新聞夕刊
(地方によっては掲載日は異なる)、東大の政治学者・藤原帰一氏のコラム「時事小言」である。「『いまあるもの』を受け入れ、それ以外の選択を排除することだけが仕事なら、大学教員、さらに役人、政治家、マスコミ関係者の声が国民に届かないのは当然だろう」という自省も込めた彼の言葉は、自分に直接向けられたようでもあった。そこで紹介されている立教大学・吉岡知哉総長「『考える』という営みは既存の社会が認める価値の前提や枠組み自体を疑うという点において、本質的に反時代的・反社会的な行為であるという言葉は非常に腑に落ち、自分でも首肯できるだけに、そうした批判性をきちんと持てているかと言えば、怪しさもあった。それが口先だけのものであれば、なんの意味も持たないのだ。講義を通して、学生たちとともに“考える”ということは、それだけの気概を持ち合わせていなければいけない真剣勝負であるべきなのだ。

 また、4月27日付の朝日新聞オピニオン面「記者有論」では、「大学教育の質 外圧受ける前に自ら動け」との見出しで、学生の自発的な学習を促すために教員たちが授業の組み方、教え方を互いに顔を突き合わせて議論しているのかと疑義を投げかけられてもしていた。

 新学期の時期だからこそ、現場に発破をかけるようなこうした記事が多いのだろう。それらを真摯に受け止め、応えていこうとするのであれば、ひとつ、確固として言えることがある。それは子どもと親の関係と一緒で、学生たちは教員の背中を見て育ってもいる。そして、その見ている教員の背中の大きさによって、彼らの成長の度合いも変わってくる。まだ十分でない実績からのなんとなくの経験則であるけども、私はそう感じている。
 であればこそ、私にかかる責任は小さくはなく、もっともっと大きな背中を見せてあげねばと思う。それは、教室の中ではない、むしろ外である実社会に晒された教員自身がどう振る舞えるか次第なのである。

 そういった意味でも自分はまだたいそうなことはできておらず、ボチボチといったところなのだ。

 昨年は、地元で『うまれる』という映画の上映会を企画した。子を持って初めて見えてきたことだが、想像以上に母親たちが地域で孤立していたから、そこに問題意識を持ち、妻とママ友たちとともに上映実行委員会を立ち上げた。
 なにせ勢いで始めてしまったので、当日は借りたホールの席が埋まるか、本当に心配だったが、幸い、午前午後の部両方とも会場はほぼ満杯になってくれた。

 うちら夫婦はこれまで何かするとなれば都心に出かけていったのだったが、結婚後は生活の場において地に足をつけた活動をしたかっただけに、ここでネットワークがつくれたことは大きな収穫だった。

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【写真左】会場入り口付近
【写真中】開演前の受付、物販コーナーの様子
【写真右】子どもたちともお揃いにしたスタッフTシャツ


 そして今年。去年のアクションが地元でのネットワークの広がりにあれよあれよという間につながり、今、市民による放射能測定の場を作ろうという人たちの輪に入れてもらっている。
 先週の日曜日22日には、その動きに弾みをつけようと、東林間放射能測定室代表の高岡章夫氏に来ていただき、講演会を催した
(写真下)。大入りとはいかないまでも関心を持った40名弱の市民の方々にお集まりいただいた。さっそく6月2日にも第2弾として内部被曝に関しての講演会をすることになっているが、今後に向けた活動の励みになった。

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 リオ+20の国際会議が開かれる今年、こうした小さな取り組みが津々浦々で行われるにちがいない。そうした点の集まりが地球儀を覆うようなムーブメントにになっていってほしいと願う。
 そうした
広がりの今こそある臨場感を学生たちと感じ取っていければ、自分の背負う責任が少しずつ和らいでいくのだろうと思う。

2012年4月15日 (日)

わたくし、ミーハーにつき

 今月初旬に調べ物があって、国会図書館に足を運んだ。小雨が降りしきり、ただでさえ人影の少ない官庁街がなおのこと淋しい。だから、余計に横断歩道の向こうにいる人が目立つ。
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 あれは加藤紘一氏にちがいない。

 勝手なイメージだと、国会議員たるもの、常に秘書が傍らにいるものだと思っているから、一人で青信号になるのを待っているのは、やけに違和感がある。たまたま国会図書館の前にいただけかもしれないのに、その時は「国会議員って一人で調べものをしに行くこともあるんだ」と、メディアから伝わる華やかさとは裏腹に、不憫さを感じてしまった。「あんたは大将なんだから」と慰留される場面ばかりが印象に残る“加藤の乱”以後
(ちなみにあの時、必至に慰留してたのが谷垣現自民党総裁であったのは、今回調べてみて思い出した)、急速に影響力を失い、表情にも精気がなくなってきたように見えるから、そう思ったのかもしれないが。

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 あの時の桜はまだ開花したばかりで物寂しかったが
(上写真は国会図書館前のソメイヨシノ)、今週は満開の桜を愛でることができた。梅や桃もいつもより開花が遅れたせいで、今年はそれらを同時期に見ることもできた。(下写真は、今日家族で見に行った青梅市の安楽寺の桜と桃)

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 さて、この時期は番組改編期でもある。ちょうど2年前のこの時期、深夜に再放送されていた『ハーバード白熱教室』を見てハマっていったのだが、まさかあそこまでのサンデルブームになるとは思っていなかった。「俺はブームになる前から目を付けてたんだぜ!」と嫌らしく言うつもりはさらさらないが、それでも内心、なぜか優越感を抱いていた。完全なる自己満足だが。

 で、今年、また「流行るのでは?」と目を付けた番組がある。NHK Eテレで月曜11:00〜11:25(再放送は毎週日曜深夜0:45〜1:10)に放送の『スーパープレゼンテーション』がそうだ。やはり
「俺はブームになる前から目を付けてたんだぜ!」と言うつもりはさらさらないが、自己満足の優越感には浸りたいので、本当に流行ってほしいと思い、こうしてブログを書いている(笑)。

 この『スーパープレゼンテーション』は、TEDカンファレンスでの秀逸なプレゼンを紹介する番組
(番組としては語学番組としての様相もあり)奇遇にも私が『ハーバード白熱教室』を紹介したブログ(2010年4月25日「サンデル教授の白熱講義」の冒頭で、そのTEDに触れていた(俺は2年前から目を付けてたんだぜ)

 ちなみに、初回はスウェーデンのハンス・ロスリング。新しい統計表現のソフトウェア開発で聴衆を魅了する。
 以前にも誰かからのメールで「面白いYouTubeがある」と紹介され見たものがあったが、それがハンス・ロスリング氏で、TEDでの別のプレゼン
(日本語版は「Hans Roslingの先入観に関する話」だった。彼が開発した統計ソフトで分かりやすく「先進国=小さな家族で長寿、途上国=大きな家族で短命」という認識が現在は大間違いであることを示されると、ああいう展開でプレゼンをすれば惹き付けられるよなぁと感じたことを思い出した。

 今回は、その得意のソフトウェアだけでなく、前半はアナログな方法でプレゼンを始めていった。その様は、まるで池上彰のようで、これもまた惹き付けられる。
 明日の講義でさっそく活かしたいが、そう一朝一夕にはいかないだろう。予約録画は完璧なので、時折、チェックし、全回見逃さないようにしたい。

 これは私だけのものにしておくのはとてももったいないから、皆さんにも毎回チェックされることをお勧めしたい。まずは明晩必ずチェックですよ〜。そうすれば、きっとこの番組も流行るに違いないはず。言いたくはないですが、半年後ぐらいにはきっと「俺はブームになる前から…」、いえいえこれぐらいにしておきましょうね(笑)。


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