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2012年6月

2012年6月22日 (金)

Hugg-A-Planet

 Img_3228_2 私の中でもっともコミットしているNPOである開発教育協会が設立30周年を迎える。少し前に「30周年記念募金」というのをやっており、5000円以上の募金をした人には米国Peacetoy社製の「Hugg-A-Planet(ハグアプラネット)」(地球儀のような布製ボール)がお礼として贈られるとのことだった。もちろん、お世話になっているNPOなので、躊躇せず、惜しげもなく、スッキリサッパリと寄付したのだが、「ふわふわの手触りで子どもたちにも大人気」「ワークショップのツールとして様々に活用することができます」との触れ込みにも正直心が揺れた(笑)。

 その触れ込み通り、我が家では娘がたいそう気に入り、格好の遊び道具となっている。が、時折、Hugを超えてBiteになったりしているのだから、この小さな「地球」の命があと幾ばくか、非常に心配である。
 ただ、本当の地球のほうの行く末も案じられる…。

 20日にブラジル・リオデジャネイロで国連持続可能な開発会議、俗に言う「リオ+20」が開幕した。“+20”の文字通り、1992年、同じリオデジャネイロで行われた地球サミットからの20年を評価する国際会議となる。当時12歳の少女だったセヴァン・スズキが「どうやって直すのか分からないものを、壊しつづけるのはもう止めてください」と大人に訴えたあの
“伝説のスピーチ”からもう20年なのである。

 しかし、あるメーリングリストでは「20年前の心躍らされるような熱気が感じられず、当時の盛り上がりにはほど遠い」と、さっそく現地からの報告が入った。
 今年はこの会議が開催されるので、常々ゼミ生たちには「今年は画期的な年になるよ」と言ってきただけに、拍子抜けするとともに失望もしている。今週のゼミでは「リオ+20関連の記事が続々と出てくるだろうから、新聞の切り抜きをしておくように」との宿題を出し忘れたが、皮肉なことに期待するほどの報道はなされていない。そもそも同じ時期に(意図的なのか)G20が開催され、報道陣の多くはそちらのほうを優先させ、紙面はそちらに割かれている。

 米国からはクリントン国務長官が出席しているようだが、当初、出席予定のオバマ大統領は、この会議への参加が大統領選にマイナスに働くとの理由から出席を辞退した。以前、意気軒昂にグリーンニューディール政策を謳ったあれはなんだったのか?

 昨日の新聞には、日本やブータンが提案し、採択されると思われていた「幸福度」指標に関する内容が、途上国からの反対を受け、削られたともあった。世界の現状をGDPのみで測っていくことの限界を示す主張でもあっただけに、遺憾に思う。

 私はリオ+20に経済偏重の価値観から脱却する好機になるだろうと期待していた。しかし、時代はむしろそこからは逆行しているようである。
 変革が訪れる直前の時代の悪あがきだと思いたいが、そうは呑気に楽観できない様相である。

 今思うのは、贈られてきたHugg-A-Planetに挟み込まれた紙片にあった一遍の詩である。

 タグ(引っ張って争う)ゲームなんかしたくない
 それよりハグ(抱きしめる)ゲームのほうがいい
 みんながぎゅうって抱き合うの
 引っ張り合って争うかわりに
 みんなクスクス笑って
 じゅうたんの上で転がって
 みんなキスして
 みんなニコニコ笑顔で
 みんながぎゅうって抱き合うの
 そうやってみんなが勝つゲームがいい

 シェル・シルヴァスタイン(訳:ヘッセ杉山ナオコ)
 ※訳本は『歩道の終わるところ』講談社


 
この詩のように、娘たち以降の世代には、地球上で“ハグゲーム”のほうが楽しまれる時代を、責任もって贈りたいと思っている。

2012年6月19日 (火)

わたくし、指名手配!?

 まるまる1ヶ月、ブログから遠ざかってしまった。というのも書きあぐねていた原稿があったからなのだが、や〜〜っとのこと先週末に書き上げた。「書かねば、書かねば」と思っても、毎日フツーに日常業務(講義や育児・家事)があり、そして週末には地元での活動に加え、講師依頼であっちに行ったり、こっちに行ったり…容赦なく押し寄せるシゴト。

 先週日曜も一昨年から携わっているJICA教師海外研修の一次研修があり、いざ広尾の地球ひろばへ。会場近くのコンビニでカラーコピーを済ませ、
ネタの仕込みを完了、会場へ馳せ参ずる。
 午前プログラムの最後でそのコピーを使い、なかなかいい時間を作ることができた(とは、あくまで個人の感想)。

 昼休みに突入するや否や、参加者の一人が寄ってきて、「それ、駅前のコンビニでコピーしましたよね?」と。なんで知ってるんだろう?と、きっと一瞬訝しげな表情を浮かべたのだろう。私が言葉をつなぐ前に、「私がコピーしようと思ったら、オリジナル原稿が残っていて、店員さんに渡したんですよぉ」と苦笑しながら説明してくれた。
 “苦笑”されたのには訳がある。そのコピーしたものというのは、次のものだったからだ。

1  
 これが研修でどんな風に使われたかは、あえて説明を省こう。
 とにかく、高橋容疑者が逃げまくっていたこの時期に、こんな用紙がコンビニのコピー機に残されては、怪しいこと、この上ない。その後、これをコンビニの店員がどう処分したかは知る由もないが、広尾警察署にだけは行っていないことを祈る。

 いや、原稿を出せていなかった私はある意味、"WANTED"だったわけだ。原稿を待っている人の怨念がそうさせたのか、自分で追いつめるために潜在意識がそうさせたのかは分からぬが、とにかく人騒がせな忘れ物だったに違いない。

 その“指名手配”からもやっと解放されたことなので、これからまた徒然なるままに
ブログを書いていく所存であります。

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