骨髄バンク支援

  • 走り続けて、骨髄バンク支援!
2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »

2012年7月

2012年7月19日 (木)

蛮カラな夏

 少し前に送られてきた実家からの宅急便。野菜が包まれていた地方紙の写真に目が留まった。Img_3445 しわくちゃにはなっていたものの、手のひらで伸ばし、まったく変わっていない母校の蛮カラ応援団を懐かしく眺めた。すでに高校を卒業してから20年以上経つが、こうも形を変えずにいることが不思議ですらある。“伝統”とは、この上なく健気であり、律儀なものだ。

 野球部だった私は、彼らの応援が嫌いであり、好きでもあった。相手校は華やかなブラスバンドで、ヒットを放つと金管楽器の突き抜けるような音が球場に鳴り響く。かたや、我が校は、男子の野太い声で「いいぞ、いいぞ、石川(いっしかわ〜)!」とやる。せっかくヒットを打ったのに、塁上に立った時の高揚感が半減されるようで、恨めしく相手側スタンドを見つめたものだった。
 ただ、7回になるときまってやる応援があり、それをなんと呼んでいたかはもう覚えていないが、日ハムの稲葉ジャンプのように、球場が一体となってうねるような空気感が生まれる応援があった。それには妙な力があって、選手にその波動が伝わるかのような魔力があり、実際、得点に結びつくことが多かったように思う。

 選手権大会出場へ向けて、
全国津々浦々で予選が繰り広げられるこの季節。甲子園で野球をすることを許されなかった元高校球児たちの心中は、何年経ったとしても、またモヤモヤとし始め、あの時の何とも言えない緊張感が蘇ってくる。そうした複雑な思いは決して晴れることはなく、これはもう死ぬまで抱える“トラウマ”なのである。

 故郷を離れはしたものの、この時季に限り、全国版の新聞に母校の名を見ることができる。たった2文字「水沢」と小さくあるだけだが、一喜一憂し、勝敗を確かめるのを楽しみにしている。
 そして、例年いいところまで行く我が母校は、今年も“いいところ”までしか辿り着けなかった。同じ高校でやはり野球部だった弟からは「夏の高校野球、水高はまだ残っています。順調に行けば、準決勝で花巻東と激突」とメールが届いていただけに、その実現を期待していた。センバツでも優勝候補に挙げられ、“東北のダルビッシュ”とプロも注目する花巻東・大谷投手との対戦を目前としていたが、それすら叶わず、昨日敗退した。

 彼らもまたトラウマを抱えながら、後輩たちの悲願達成を見守ることになる。しかしそれは、線香花火のような、彼らにとってかけがえのない夏の風物詩となっていく。

2012年7月10日 (火)

一生ものの着ごこち

 最近は、妻と「もうモノはできるだけ買わないようにしよう。買うなら一生使えるモノを買うことにしよう。たとえ、かなり値がはったとしても」と話している。
 この週末は、その思いを具現化すべく、武蔵五日市にある真木テキスタイルスタジオに足を運んだ。以前にも何度か来たことはあるのだが、林の中にぽっかり浮かぶような古民家がそのスタジオで、いるだけで癒される。そう、目的はどちらかと言えば(結果的に)その空間となり、値札を眺めてはホンモノの毛織物に手を出すことはできないままだった。

Img_3409_2
 でも、うちら夫婦のポリシーは今度こそ揺るぎない(と思っている)。
 で、実際に妻は購入した。帰りの車中で何度も何度も「私、買っちゃった。いいんだよね、いいんだよね?」と人を刺してしまったかのように、到底自分のやったことが信じられない模様。

 私はと言えば、とうとう買わずに帰ってきた。度胸がなかったわけではない。得てしてこういうところは男物の品揃えが十分でなく、イイモノが見つからなかったのだ。
 そう思えば、心のどこかで安堵でき、一方でどこか妻のほうが潔く、エラい人間のようにも見える。Img_3413

 一生ものの決断を、その時、評価することはできない。それが間違ってなかったどうかは、それそのもの善し悪しではなく、その後のそれとの付き合い方次第なんじゃないかと思う。
 隣接するカフェでマサラ・ドーサ
(インドのクレープ?)を頬張る妻を、だからしばらく眺めてみたのだった。


【おまけ】
 娘を遊ばせるために、ぶらぶらドライブで公園を探していたら、偶然「ロンヤス会談記念碑」なるものを発見。そう言えば、小学校の卒業文集にそんなのが載っていたなぁと記憶がよみがえる。まだ小六だったので世相にはあまり関心がなかったが、たしかに都心に近い山荘でそんなニュースが流れていたなぁとの記憶ともつながる。
 当時は岩手に住んでいたので、記憶と空間が重なる不思議な感覚。そして、ここが意外と癒される散策路でもあったのでした。

Img_3421

2012年7月 4日 (水)

ちょっと前のこと

 もう一年の半分が終わり。日々、あれこれブログに書きたいことが浮かぶにも関わらず、無情に時間は過ぎていく。こうして「あぁ、あれもできなかった、これもできなかった…」と後悔ばかりが募るうちに人生は終わってしまうのだろうか?
 そんな風に思ってしまうと徒に悲しくなってくるので、ただただ淡々と書き連ねていくのが賢明か。それはまさに“徒然なるままに”ということなのだろう。あまり深く考えずにブログのタイトルにしてあるが、それが究極の心の持ちようだと思えてきた。

 6月17日
 学生たちと皇居を1周(5km)する駅伝大会に出場。まったく宣伝していないにも関わらず、我がTRC(拓殖大学ランニング倶楽部)に4名の新入生が入ってくれ、その歓迎も兼ねた今年度初の大会。
 もう定年退職されてしまったが元拓殖大学職員の三浦さん
(前列真中)も参加。彼はこのTRC立ち上げをけしかけた張本人であり、名誉会長(と勝手に私は命名)でもある。

Rimg0212

 4人でタスキをつなぎ、2チームを構成。スタート地点の桜田門付近で、出場した8人でパチリ。

Rimg0233

 練習不足で記録は全然だったが、全力を出し切ったので自分に納得。そして、今回も「骨髄バンクにご協力下さい!」のタスキをかけて走ったのだから、それだけでOK。


 6月23日
 地元飯能のエコツアーに参加。「観光と開発」という講義を履修している学生たちに机上のお勉強だけではどうかと、今年から“課外授業”としてエコツーリズム体験希望者を募ってみた。6名(うち3名は留学生)が興味をもってくれ、加えてうちのゼミ生も月一会
(石川ゼミとして月に一度はなんかオモシロイことをしようというもの)企画として3名が参加してくれた。

Img_3318

 まずは飯能中央公民館に集合。ガイドを担当してくれる「活動市民の会」の濱田さん、高沖さんからオリエンテーション。

 お二人は退職されたのち、このガイドボランティアに関わっているのだそうだ。それまでは仕事ばかりで、あまり地元飯能のことを知らなかったというのだから、不思議なもの。こうしてエコツアーガイドとして関わることが足下を見直すきっかけになったとも。

Img_3320

 神社の脇にある大木。「木は呼吸していて、氣が流れているので触って感じてみて」と言われ、試してみる留学生の3人。半信半疑?(笑)

Img_3321

 阿吽の呼吸についてや神社へのお参りの仕方など、日本人でも意外と分かっていないことを改めて知る。門をまたぐのは左足からだって、皆さん、知ってました?

Img_3323

 

油断していると時折放たれるオヤジギャグ。学生たちに好評なのか、不評なのか(笑)、苦笑されながらも繰り出されるダジャレに雰囲気は自然と和んでいく。

Img_3324

 森の中を心地よく散策し、ほどなく天覧山山頂に到着、小休止。みんなで飯能市街を一望。

Img_3326_2

 程よい疲労感もあり、絶妙のタイミングで大野さん飯能市エコツーリズム推進室)より地元銘菓「四里餅(しりもち)」が振る舞われる。
 ひとつ食べれば四里(約16km)はもつという通説があり、まるで「一粒300メートル」のグリコのキャラメルのよう。飯能に越してから、そう由来を聞いていたのだが、「名栗川(入間川上流域)の四里の急流を下る際、いかだ師達は餅を食べ、尻餅をつかずに難所を乗り切ったという逸話が残っており、これらの話が由来
(Wikipediaより)でもあるらしい。
 ちなみに、餅には「四里餅」との焼き印が押されているが、その字の向きによってこし餡か粒餡か区別ができるようになっている。


Img_3327 Img_3328

 ま、そんな蘊蓄はさておき、“花より団子”

Img_3334

 山を下って反対側に行くと、湿地がある。ラムサール条約を出すまでもなく、湿地帯にある生態系の重要性を目にした。
 蛙と聞けば、普通にいるものと思いがちだが、今や絶滅危惧種に指定されるものもいる。ここではモリアオガエルやヤマアカガエ
などが見られるらしい。他にもわずか7gしかないカヤネズミという小動物もいるとのこと。来る途中にも希少になったギフチョウやカントウカンアオイという植物の話も聞くが、私たちはその多くを「チョウ」とか「草」と一般名詞でしか呼べない。それも絶滅危惧種に追いやるひとつの理由であるように思えた。

Img_3330

 天覧山山頂で撮った集合写真。
 
 ツアー終了後、地元の蕎麦屋に入って、みんなから感想を聞く。一様に「楽しいツアーだった」「また参加してみたい」と言ってはくれたが、「若者にはウケないかも…」と正直な意見も。
 授業でエコツーリズムの話をした時には、「経済的にはどうなの?」といぶかしがる意見が結構あった。“観光業”という以上、たしかにそれは無視できない。が、お金では計れない価値がここには回っている。観光とは、どうしても参加する側の視点でものを言いがちになるが、受け入れ側や企画する側の視点も併せた総体で評価すべきだと思う。そう考えれば、定年後にイキイキとガイドボランティアをする濱田さんと高沖さんの場があるということ自体に意義ある価値を見出せる。そうした価値だって無視できない。

 昨今、経済的価値だけで豊かさを見るGDPという指標の限界が囁かれている。フランスが幸福度を計ろうとする新しい指数を提唱しているのはその証しだ。
お金だけで物事を見ないという風潮が出てきたのは頼もしい。ただ一方で、先月のリオ+20で採択されるはずだった成果文書(宣言文)からは、日本やブータンが提案した幸福度指標は削られた。
 今はそれら価値観がせめぎ合い、どちらの方向に向かうのか、対話が必要とされるエポックメーキングにある。

 いずれにせよ、こうして学生たちと時間をともにするのは幸福なことだ。そんな風に考えた、学生たちとの「ちょっと前のこと」でした。

【余談】
 エコツアー開催の日は、娘の留守を妻に頼まれていたので、子連れで参加。だから、実はあまりガイドの説明を聞けていない。最初は見慣れぬ学生たちに緊張し、大人しくしていたが、時間が経つにつれ、飽きと母親がいないストレスからかワンワン泣き始め、すっかり体力を消耗したよう。
 ちょっと申し訳ないことしちゃったかなぁ…。

 ※写真は天覧山山頂にて
Img_3329

« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »