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2012年7月19日 (木)

蛮カラな夏

 少し前に送られてきた実家からの宅急便。野菜が包まれていた地方紙の写真に目が留まった。Img_3445 しわくちゃにはなっていたものの、手のひらで伸ばし、まったく変わっていない母校の蛮カラ応援団を懐かしく眺めた。すでに高校を卒業してから20年以上経つが、こうも形を変えずにいることが不思議ですらある。“伝統”とは、この上なく健気であり、律儀なものだ。

 野球部だった私は、彼らの応援が嫌いであり、好きでもあった。相手校は華やかなブラスバンドで、ヒットを放つと金管楽器の突き抜けるような音が球場に鳴り響く。かたや、我が校は、男子の野太い声で「いいぞ、いいぞ、石川(いっしかわ〜)!」とやる。せっかくヒットを打ったのに、塁上に立った時の高揚感が半減されるようで、恨めしく相手側スタンドを見つめたものだった。
 ただ、7回になるときまってやる応援があり、それをなんと呼んでいたかはもう覚えていないが、日ハムの稲葉ジャンプのように、球場が一体となってうねるような空気感が生まれる応援があった。それには妙な力があって、選手にその波動が伝わるかのような魔力があり、実際、得点に結びつくことが多かったように思う。

 選手権大会出場へ向けて、
全国津々浦々で予選が繰り広げられるこの季節。甲子園で野球をすることを許されなかった元高校球児たちの心中は、何年経ったとしても、またモヤモヤとし始め、あの時の何とも言えない緊張感が蘇ってくる。そうした複雑な思いは決して晴れることはなく、これはもう死ぬまで抱える“トラウマ”なのである。

 故郷を離れはしたものの、この時季に限り、全国版の新聞に母校の名を見ることができる。たった2文字「水沢」と小さくあるだけだが、一喜一憂し、勝敗を確かめるのを楽しみにしている。
 そして、例年いいところまで行く我が母校は、今年も“いいところ”までしか辿り着けなかった。同じ高校でやはり野球部だった弟からは「夏の高校野球、水高はまだ残っています。順調に行けば、準決勝で花巻東と激突」とメールが届いていただけに、その実現を期待していた。センバツでも優勝候補に挙げられ、“東北のダルビッシュ”とプロも注目する花巻東・大谷投手との対戦を目前としていたが、それすら叶わず、昨日敗退した。

 彼らもまたトラウマを抱えながら、後輩たちの悲願達成を見守ることになる。しかしそれは、線香花火のような、彼らにとってかけがえのない夏の風物詩となっていく。

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コメント

実家からの宅急便は
なつかしい
過去からの遅配便?

最後まで残るのは思い出
だけですね。

森井さん、相変わらず詩人ですね〜。

「蛮カラ」の「カラ」は何だろう?

と、ちょっと思って調べてみたら、

先ず、「ハイカラ」が対義語で
でてきました。

これは和製のことばらしく
high collar(高い襟) のようです。

20世紀初頭、洋行帰りの人が
「たけの高い襟」の服を着用して
いたかららしいですね。

そこから、その対極として、
野蛮で粗野なことを「蛮カラ」と
呼んだらしいです。
こちらも20世紀初頭に使用例が
ありました。

7回の応援はインディアンコールですね。
現在でも伝統は脈々と受け継がれておりますよ。
自分等の世代は2~4番までが「千葉」だったもので、
初回から「かっとぉばせぇ~ ちぃ~ばぁ~」が延々でした。
そんな後輩の「ちぃ~ばぁ~」が監督を務める我ら母校にも
いよいよ甲子園のチャンスが到来です。
来春選抜の21世紀枠での選出に望みを残しております。
予選突破の選出とはいかずやや不本意ではありますが、
勝ち上がれなっかったOBにそれを言う資格はありませんね…
ぜひとも甲子園で、母校の校歌とインディアンコールを聞きたいものですね。
それでは、「石川的徒然草」楽しみにしておりますので、ご自愛ください。

 最後のヒゲクジラ世代さん、メール、嬉しく拝見しました。
 そうそう、「インディアンコール」でしたね。“ヒゲクジラ”ということは、私と同じ齋藤監督世代ということですよね? で、現監督の千葉君は私らの2年後輩だったと記憶しています。ちなみに、私の弟は、さらにその2年後輩で、主将を務めていました。弟の時はもう佐々木監督になっていましたが。
 余談ですが、佐々木監督は同じ中学校(南都田中)出身で、うちの実家の床屋によく来てくれていました。たしか、彼が高校生だった時にも水沢高校は決勝戦まで行ったものの、後に大洋ホエールズで活躍する欠端投手を擁する福岡高校に敗退したはずです。中学生ながらテレビで応援していましたが、その時も願い叶わず。で、因縁なのかなんなのか、その時の相手、福岡高校の監督が齋藤監督だったような。
 とにかく、来年のセンバツの出場校発表を楽しみにしています。水沢高校が甲子園に出られるとすれば、まずは21世紀枠だろうなと思っていたので、それでも満足です。それにしても、昨日、日ハム入りを決めた大谷君は地元出身だったんですよね。なんで花巻東に行くかな〜(笑)。

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