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2012年8月11日 (土)

GNH:幸福度と真剣度

 出張すると、体調管理と街の様子をみる目的で、ホテル界隈をジョギングするのが、私の中でのしきたりだ。体調管理というのは気休めにすぎない気もするが、ある程度の地理的感覚をつけておくことや、地元の人たちがやってることとその表情を見る等々で全体的な街の空気感をなんとなくつかんでおくことは必要だし、楽しい。
 ただ、今回はそうもいかない。ジョギングシューズとウェアを持ってはきたのだが、よくよく考えるとここティンプーは標高2320mである。引率する者が高山病で倒れてしまっては元も子もない。その理由がジョギングだとなれば、なおのこと、非難は免れまい。泣く泣く諦めるが、シゴトなのだから至極当然のことである。

 せめて、街の様子だけでも見ておこうとジョギングを散歩に変更する。が、まだ朝の6時前なので、まったく街が動いていない。人気はまるでなく、ただただハトのImg_3660大群に遭遇するだけである。
 街だけでなく行く先々の寺院もそうで、あまりのハトの多さに鬱陶しさをめいめい口にしていた。「幸福の国なんだから、平和の象徴・ハトがこれだけいたっていいわけだ」と皮肉さえ飛び出る有様だ。

 しかし、そうしたアンビバレントな感情はまさに今のブータンを言い表しているように思う。
 4月の緊急テレビ演説で、ジグミ・ティンレイ首相は「消費を抑えよう」と国民に訴えかけた。昨今、資本主義的な思考が流れ込んでくることで、精神的な充足よりも物質的な欲望が勝り、ローンに悩まされる人々が増えてきているというのだ
(朝日新聞2012年8月1日朝刊オピニオン面「インタビュー『幸福の国』の悩み)Img_3647Img_3537_3際、 ここに来て目につくのは、建築中の骨組みと渋滞である。今散歩してきただけでもいくつかの建物がそうであり、郊外に出ればそれはいっそう多くなる。渋滞は、他のアジアの都市に比べれば、実はそれほどでもないのだが、おそらく急速に台数が増えていくだろうことは想像に難くない。Img_3564_2 昨日は市内の学校を見学に行ったが、ちょうど子どもを学校に送る親たちの車で校門前に渋滞ができていたのは、その証左となろう。

 見学させてもらったDruk School
(ちなみにDrukとは現地語で「ブータン」という意味。日本でいえばNipponにあたる)は、最近できた小中一貫の私立学校で、校内の施設や授業の質はほとんど日本と遜色ないように思えた(あるいは上を行ってるか…)。
 教育熱の高まりは、小国であるが故のブータンの“生き残り策”である
(参照:朝日新聞2012年6月6日朝刊国際面「より幸せな国へ宝磨く 『国民総幸福』ブータン教育事情)。だからこそ、徹底して教育実践のそこここにGNHの理念が埋め込まれていっている。それは、現場の教員へのインタビューからも強く感じとることができた。そうした実践が、この先、どう花咲き、実を結ぶのか、行く末を追いたいと思った。

 きれいな人工芝の校庭で行われた全校朝会は瞑想から始まる。瞑想はGNHに基づく教育の大事なカリキュラムの一環なのだそうだ。誕生日の児童生徒がいれば、全校で"Happy Birthday"を歌い、身内に亡くなったものがある児童生徒がいれば、これまた全校で読経をする。そんな朝礼を終え、規律正しく教室に入っていく子どもたちを見ていると、この国のGNHに対する本気さを感じさせられる。

 その本気さは夕方に行われたGNHのレクチャーからも同様に感じられるものだった。GNH CommissionのChencho(チェンチョ)さんのお話は、次回以降に書こうと思う。

Img_3571
 

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コメント

『ブータン、これでいいのだ』御手洗瑞子 新潮社
2012年

を読んでいると、

ブータンのバブルについて書いてあって、

彼らの生き方がバブルに影響しているようだと
ありました。

「人生一度しかないんだから、楽しまなくちゃ!」
「どうせ先のことは分からない」
「いざとなったら、助け合えばいい」
(pp.176-177)

どれも、私も日頃から支持する考えではあるんですが、
どうも私よりもそれがかなり素朴な形であるようで、
けっこう、この先、大変な目にあいそうな気もします。
ブータン、これでいいのか?とちょっと心配ですが、
どこまでも「幸せ」だと言いきって欲しいなあと(なんとなく)
応援しています。

国民の二割が難民となる国が幸せの国なのか?
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/116198.html

先日、拓大の教材発表会でブータンからの協力隊OVの方にお会いできたので、難民問題についてお聞きしましたが、かなり深刻な状況らしいです。


先述した本を読んでいたら、

九州ぐらいの面積に練馬区
(あるいは島根県)の人口ぐらい
が住んでいる「村」社会らしいのと、
「チベット仏教」に根差した価値観
が影響していて、近代国家として云々
というよりは、個人の「幸せ力」みたいな
ものが強いようですね。

そう言う意味では、たとえば、同じように難民に
なっても、その状況を受け止めることが、
私たち以上にできるのかも知れませんね。

難民となっている人たちの多くはヒンドゥー教で、文化や宗教の強要が問題となっていると聞きます。
中共に弾圧されるチベット仏教ですが、権力の側にたつと押しつける側になるのは、いじめの連鎖と同じで、避けられないことなんだろうな。

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