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2012年8月14日 (火)

悪戯好きな坊主からの教え

 ブータン3日目(8/11)、首都ティンプーからプナカへ向かう。

 およそ3時間の道中は、途中、3150mのドチュ・ラ峠を越えるのだから、かなりの山道をくねくねと行く。それでも、なんの拍子でそうなったのかよく思い出せないが、ブータンチームと日本チーム対抗の“紅白歌合戦”と相成り、カラオケボックスと化した車中は異様な盛り上がりで、すっかり時間が経つのを忘れてしまった。
 ちなみに、ブータンチームと言っても、日本語通訳のデキ(Deki)さん、現地ガイドのソナム(Sonam)さん、Img_3683_2 ドライバーのタシ(Tashi)さんのわずか3人で、我らチームジャパンに対抗しなければならない。しかも、タシさんはハンドルは握れても、当然マイクは握れないし、デキさんは人前で歌うのを終始嫌がったため、 とどのつまり、ブータンチームは「ソナム・ワンマンショー」であった。こちらはメンバーが順繰りに歌えば、結果、ソナムさんはブータンの歌を10曲以上も続けざまに披露することになった。彼のそのエンターテイナーぶりとホスピタリティには、いくら感謝してもしすぎるということはない。
 勝敗をつけるでもなく終わった歌合戦の後は、路傍の屋台で買った焼きトウモロコシ
(参考までに1本30ヌルタム=約45円)をみんなで頬張り、遠足さながらの往路となった。

 プナカは1955年に
Img_3770遷都するまで首都機能を担っていた。言うなれば京都である。ブータン中のゾン(僧院と行政の機能を併せ持つ建物。現在では、県庁的な位置づけであるものが多い)の中で最も美しいと言われるプナカ・ゾン(Punakha Dzong) は本当に荘厳であるが、首都であったことを思わせるのはそれぐらいで、周りには鄙びた風景が広がっている。とりわけチミ・ラカン寺院(Chimi lhakhang)までの道のりは、棚田の合間を縫う畦道で、我の少年時代の登下校とそのまま重なってくる。風のそよぎと稲穂の匂いまでもが一緒なのだ。

Img_3696
 そうして浮かび始めた原風景をかき消すように、まるで対照的な景色もプナカにはある。ほとんどの家の軒先や壁には、射精する男根があからさまに描かれたり、あるいはそれをかたどった木彫りが吊るされている。

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 実は、チミ・ラカン寺院は、奇行を繰り返し、風狂な僧侶とされたドゥクパ・キンレ(Drukpa Kinley)が祀られているお寺である。ガイドさん曰く、セックス好きであったドゥクパ・キンレは、性的な戒律をことごとく破る、悪戯好きな僧侶だったそうだ。そこには教条主義的な仏教の教えに反発するという彼なりのポリシーがあった(ことはあった)。例えそうだとしてもそんな方法論はいかがなものかと思うが、融通の利かない社会に痺れを切らし、その上での八面六臂の活躍だったのであれば合点もいく。
 彼は、あえてそうすることで庶民の生活に入り込んでいったのだ。聖人として決して崇められようとはせず、上辺だけでない社会の負の部分を見ようとしたというのだから共感はできる
(この点は現代のブータン国王にも通じるところがある)。そこにこそ庶民たちの本心があり、彼はなんとかして真実を見ようとしていたわけだ。言わば、彼は“ブータンの遠山の金さん”だったのだ。
 いまだにどの軒先にもそれが描かれているということは、時を超えてドゥクパ・キンレが愛されている証しであり、彼への敬意の表れである。

 とはいえ、露骨すぎる
(と日本人には見える)
 「いくらなんでも今の時代には…」と思い、「ブータンの人たちはこれらをどう見てるんですかね?」とDekiさんに訊いたところ、「何とも思ってない」と間髪入れずに答えが返ってきた。「ま、大人はそうだとしても子どもはさすがに…」と、さらに「村の子どもたちは?」と重ねたが、やはり「何とも思ってないでしょ」と即答された。
 ちなみに、Dekiさんは見目麗しき20代の女性である
(よく熊田曜子に似ていると言われるらしい)。恥ずかしげもなく即答されると、こちらが余計に恥ずかしい。

 現代の私たち日本人は、どこか“肌感覚”のようなものを敬遠してきてしまったか、失ってしまったかのようである。あたかも実物に触れているように取り違え、なんでもかんでもラップに包んで頂戴している。
 そっくりそのままではないにせよ、聖人ドゥクパ・キンレの方法論は、“生きる力”を失った日本人にこそ入り用なのかもしれないと思った。

Img_3702_2
【余談】
 チミ・ラカン寺院(写真上)は子宝の寺としても有名で、それを祈願する参拝客も多い。実際に子宝に恵まれた人は御礼参りでお坊さんから名前ももらうことになっている。
 せっかくなので私もここで祈願した。するとなんとなくの流れで、子宝に恵まれるかどうかを占ってもらうことにもなった。その結果は、次もまた女の子を授かれるとのこと! それだけではなく、小坊主が差し出す単語帳のようなものから紙を一枚選ぶと、そこに書かれているのが付けるべき名前らしく、「Kinley Pem(キンレ・ペム)」という名前を(勢いで)授かることにもなってしまった。いくらなんでも第二子に「吉田 キンレ・ペム」とはつけられない(笑)。ただ、「ペム」というのは「蓮」という意味らしく、その一字を使った名前も悪くないと思った次第。
(「キンレ」はドゥクパ・キンレからとったもので、このお寺では必ずそれがつくことになっている)

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コメント

おもしろい発見ですね。

「ブータンでは、男根が『ポー』と呼ばれ、魔除け
として信奉されており、お祭りなどでも使われて
います」(前掲書 p.42)

とあったので、その一種かも知れませんね。

ただ、日本でも、けっこう、注意してみるとそういう岩や
木彫りなどもあると思います。(時代をさかのぼると
共通部分がたくさん出てきますね)

ま、草食系の男子へのお土産(or おばあちゃんの
すりこぎ)にいいかも。

注1)本物の草食動物は、実際には性的にはとても
動的で?そんなお土産はまったく必要ないようです。

注2)私はなんとなく、遠山の金さんよりも親鸞上人を
思い浮かべてしまいました。

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