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2012年9月 6日 (木)

大石先生のように

 先週はすっかり家族サービスに費やした。夏はどうしても海外に行くことが多く、家を1週間単位で空けざるをえない。育児をはじめ家事のほとんどを妻に賄ってもらっているのだから、罪滅ぼしの家族旅行に出かけようと前々から計画をしていたのだ。
 でも、家族“サービス”というのはなんともおかしな日本語ではないか。一般的にこの言葉は、罪滅ぼしするはずの夫のほうが妻子に対して、“してあげている”という含みを感じる。日本語の「サービス」にはそんなニュアンスがあるが、むしろ英語としての「奉仕」の意味のほうが採用に値する。
 ただ、ブログでそんなことを書けば書くほど、「家族サービス」という言葉を使う以上に恩着せがましくなる。あえて書き記しておくが、僕はただただ純粋に家族と楽しく旅行に行きたかったまでである(笑)。

 さて、そこで向かったのは小豆島。とくにうちら夫婦にゆかりがある場所でもなく、前々から行きたいと思っていた場所でもないのだが、「日常と違うどこか」ということで、ほぼ「ダーツの旅」のごとく、思いつきでそこにすることにした。なんとなく思いついた小豆島旅行だったが、倉敷に妻の幼なじみがいたこともあり、結果、再会や出会いのある旅となった。

 小豆島と言えば、思い出されるのは壷井栄の『二十四の瞳』。実は、妻も私もちゃんと小説や映画をみたことがなかったのだが、せっかくなので「二十四の瞳映画村」に行ってみようということになった。
 映画のセットが残されたそこは、ただただ懐かしい風景がある。もちろん自分が習った学校の風景よりももっと前の風景なのだが(映画の舞台は戦前)、共感できる空間だ。おそらく日本人が典型的に郷愁を覚える風景にちがいない。

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 旅から戻り、さっそくDVDを借りてきて高峰秀子主演の『二十四の瞳』を妻と観た。映画は昭和29年公開なので、それが上映されていた頃の小学生というのは、まさにうちの母ぐらいの世代である。その頃の小学生たちは(もし映画館に行くことができていたのであれば)『二十四の瞳』をどう観たのであろうか。その時代の教師や教室の風景と映画の中の世界はシンパシーを抱くものだったのであろうか。

 高峰秀子演じる大石先生は、12人の子どもたちを「児童」というよりも、「我が子」のように思いながら接していく。
 事実、実の親よりも彼らに接している時間は教師のほうが多いかもしれない。そう思うと、親同然になるのも頷ける。

 昨日から伊豆大島で私のゼミの合宿が始まった。大学4年間のうちの3年を私のゼミで過ごすのだから、大石先生同様、「我が子」のようなものである。だから、誉めもし、叱りもする。奉公に出されたり、戦地に向かわせることがないだけ、大石先生よりも恵まれているのだろうが、「我が子」を思う気持ちにかわりはない。

 昨今の大学は、学生に対し、手取り足取り、やりすぎではないかと個人的には感じている。学生と教員の関係は“サービス”に成り下がってはいけない。両者が大人である以上、真剣勝負の付き合いを私はしたいと思う。

 まずは、ただただいい合宿になることを願っている。

※合宿の様子をFacebookで時々報告しています。

【おまけ】
 こちらは本当の我が子。まだ小学校入学は先ですが、5年後のイメージを「やらせ」てみました。

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コメント

そういえば、小学校低学年のとき。。

わたしも「長机」と呼ばれるこうした机
で勉強してたのを思い出しました。

大石先生は今の学校じゃ、たぶん
大変そうですが、あの同窓会で写真を
みるシーン、あそこで泣けてしまいます。

森井さん、映画を見られていたのですね。
 私の感想はあまりに悲しい出来事ばかりが起き、それが映画だからと分かりつつ、ある程度、時代も反映しているのだと思いました。それは、戦後という時期についてよりも、その当時の人たちの考え方が、常に「耐え忍び」であり、あまりポジティブではないという点に関してです。それは、玉音放送と重なるのは偶然でないような…。
 それにしても、森井さんの時代も長机だったんですか!

壷井栄の原作も読んだ記憶があります。

私自身は戦後の高度成長期の人間ですが、
それでも戦後の匂いがまだ残っていました。

子ども向けのマンガTVでも戦争ものはけっこう
ありましたし、私も軍歌(「同期の桜」や「ラバウル小唄」)
など好きで歌っていた記憶があります。

「あまりポジティブでない」という点は、どうだろう?
今は何がどのくらいポジティブなんだろう?
などと思わず思ってしまうんですが、私はあまり「今」
を知らないので、語るほどのものがありません。

また、おひまなときに教えてくださいね。

 もちろんポジティブかどうかというのは比率の問題で、今も昔もポジティブに考える人もネガティブ考える人もいますよね〜。
 ただ、何かに対して思考する頻度が昔の人は“まず”ネガティブに捉えてしまいがちな気がしています。それは私が生きてきた40年ほどの時代の流れを体感するところでの(あくまで)印象の話なんですが。

たぶん使っている言葉の中身がだいぶ
違うからだと思いますが、「耐え忍び」の
中にある、決してネガティブではない部分を
私は過剰に評価しているのかも知れません。

「やせがまんの美学」というか、「表には現れ
ない情熱」というか、「高倉健さん」というか。。。

実は悲しみや悲劇こそが、この世の基本的な調べ
なのではないか?この国では、今、その前提が大きく
かけ離れて忘れ去られ、裏声で歌っているだけでは
ないのか?

そこからくるかも知れなない心理的な動揺。
いわく幸福願望、自分捜し、落ちこぼれる不安、
自己無力感。。。。

そんな世の中や自分に対する思いが私の中には
あるのかな?
自分の中の未知の部分。


今夜(9/8)のNKHプロフェッショナルを
見ていたら、高倉健さんの愛読書に

『男としての人生 山本周五郎のヒーローたち』
木村久邇典 

が、取り上げられていました。

その中の
山本周五郎『樅の木は残った』のセリフが、
かっこよかったです。「耐え忍び」の美学が
出てました。

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