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2012年12月

2012年12月25日 (火)

平田オリザとドラマティックに

 昨日のこと。
 休日だというのに、家族をさておき、ひとり池袋に出かけた。だから、帰りに妻の好物でも土産に買えばご機嫌取りになると、用事を終え、百貨店に足を向けた。
 が、世間はクリスマスイブだったのだということがまるで頭から抜けていた。デパ地下は、やれケーキだ、やれチキンだと押し合いへし合いの大賑わいで、どの店舗も「ここが最後尾」との看板を持った店員の前にどんどん列をなしていく。“ごったがえす”という言葉の響きはまさにその通りだと妙に納得する。こんな人混みに長時間身を置くよりも、晴れない妻の顔を一瞬我慢するほうがまだマシと、駅のホームへと踵を返した。

 ちなみに、先週の金曜もデパ地下に大行列ができていた。さぞかし美味しいスイーツか素材厳選の一品があるのかと思いきや、その先にあったのは宝くじ売り場。そういや自分もバラ10枚
「夢」を買うのが恒例だったのに、なぜか今年は忘れていた。仕事が余計に忙しくなったわけでもないだろうに、そんなことを思い出す余裕すらなかったようだ。それでも、発売最終日に駆け込み並ぶ人たちが、我こそ6億円を手中にせん!とがめつく見え、その長蛇の列に加わろうとは到底思えなかった。年末ジャンボの一等さえ当たれば、ご機嫌取りなんぞする必要がなくなる、なんていうのもしょせん夢にすぎないのだ。

 「用事」のあった立教大学にも人の列ができていた。なにやらクリスマスイブ礼Img_4651_2 拝とやらで
ホールの開場を待つ人たちの列だった。食べ物でもお金でもない理由で(しかも寒風吹きすさぶ中)並ぶ人たちに本当に心を洗われ

 もちろん、俗人である私の「用事」はそれではない。立教大学まで来たのは、
平田オリザとドラマチックに過ごすクリスマスイブ!と冠のついたワークショップに参加するためだ。礼拝に並ぶ人たちに比べると格がやや落ちる気もするが、ドラマティック”が“ロマンティック”でなかったのはせめてもの救いか

 もちろん“ロマンティック”であれば申し込んではいなかっただろうが、演出家が“ドラマティック”にやってくれるというのだから、それはもう楽しみにしていた。彼の舞台を観る機会には未だ恵まれていないが、著作はいくつか読み、共感する部分が多かったから、ナマ平田オリザには是非ともお会いしたいと思っていた。たまたま予定が空いていたのだから
(家庭内的にはそういう認識ではなかったが…)、ミーハーゆえ、申し込まない手はなかったのだ。

 そもそも、自分でない誰かがやるワークショップに参加するのは、気楽でいい。自分でやるとなれば、どんな人が来るのか、準備に漏れはないか、果たしてこんなプログラムで楽しんでもらえるのか、心配し出したら切りがない。普段、受け身でいることのマイナス面を学生には強調するが、まるっきり受け身でいることも心地よく、時にはそうであってもいい。

 それか
ら、ネタ探しと言ってしまうとすごくイヤらしいが、当然、いいところがあれば参考にし、盗みたいとも思う。これは、少し前のブログにも書いたが、アウトプットとインプットのバランスであって、東洋医学でいう陰陽の思想と一緒なのである。そうして、心身の健康を保っておくことが非常に重要なのだ(と、パクろうとしている気持ちを正当化する(笑))。

 劇作家であり、演出家である彼のワークショップは、もちろん私のものとは性格を異にする。それでも、ワークショップの基本構成やファシリテーターとしての姿勢は基本的には一緒であるたとえ平田オリザという著名人が行うものでも、「そうだよな、ワークショップってこでいいんだよな」と再確認でき、通常の自分を肯定できるのは大きかった。ただ、それは、翻って言えば、そんなに目新しい発見はなかった、ということでもある

 なのに、ワークショップ
楽しさと充実ぶり格別に感じられた。なぜか?

 彼のワークショップの背景に感じるのは、圧倒的な経験の深さと尋常でない多さの出会いである。例えるなら、彼は検索サイトと言えよう。参加者が言葉を投げかけると同時に検索エンジンが働き、瞬時に返すべき言葉、エピソード、情報が優先順に並べられる。その的確さに、こちらはホホゥと頷かされる
(そこに返す余地がないのは、やや窮屈にも感じたが)
 そうなるとファシリテーションは
真似のできない名人芸になり、元も子もなくなってしまう。ただし、最近立ち上げたファシリテーション研究会で話し始めているのは、「スキル」と「人間(性)」という二つの側面でファシリテーターを見なければならそうだ、ということだ。そうした「人間」面というつかみどころのないところをどう普遍化していくかというのが、立ち上げ間もない研究会の大きな課題として浮かび上がっている。

 平田オリザさんは、ワークショップの中でファシリテーターを「参加者の履歴を大切に思える人」と称した。その言葉を聞いた時、離れ業のように思える彼のファシリテーションが日常的な温かさを放ったように見えた。
 そうした細やかな心配りの上に成り立っているのがファシリテーションなのであれば、「スキル」というクールさ以上に、「所作」や「仕草」といった温度感のあるものを大切にすべきだろうと思い至った。
 そんな確信をイブの日の自分への贈り物とし、会場を後にすることにした。

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2012年12月20日 (木)

良い逸脱:Positive Deviance

 火曜日は恒例のゼミ忘年会。今週で担当する授業はすべて年内最後となり、教員も学生も気分は冬休みモードに入りつつある。だから、羽目を外す様子もこの日ばかりは大目にみたい

 年忘れには、あえて普段の自分から遠ざかり、自ずと相対化して自分を見つめる作用があるように思う。普段の立ち位置でなく、“逸脱”させるからこそのことであるそうすることで内省したり、新たな一面を(自分や他者に)見たりし、次の年の活力へと転化しているにちがいないのだ。

 がゼミで“変なオトナたち”に出会わせることをポリシーにしているのも、もしかするとそんな意味があってのことだったのかもしれない。当たり前”をずらして見る癖をつけさせたくてそうしてきたが、ある時、半分冗談ではあるが「先生、今度はフツーのサラリーマンに会わせてくれませんか」とゼミ生にも言われ、あまりに偏屈に育ててきてしまったかと自省する…。
 ぼやぼやとそんな
風に思いを巡らせていたら、忘年会は終わっていた。気づけば「では、我らが石川先生から今年一年の総括のお言葉を!」とどこのタイミングでも振られることまるでなく、一言も挨拶せずにお開きとなった。ゼミの先生は崇拝されるもの、という通常の認識から逸脱しているのは、この私の指導法のおかげなのだとこの皮肉な状況を無理に納得させ、帰路についた。

 年内最後のゼミの前週、商学部の長尾先生と熊本大学の河村先生の協力を得て、「開発コミュニケーションワークショップ」と題した公開ゼミを開催した。アメリカからDr.Arvind Singhalを招聘していて、せっかくの機会
だからと声をかけて下さったのだ。
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 Arvind Singhal氏はEntertainment Educationの第一人者であり、Positive Devianceという概念着目している研究者である。Positive Devianceという耳慣れない言葉をあたかも私が熟知しているかのように書いているが、長尾先生に紹介を受けるまで全く聞いたことがない言葉だった。しかし、その概念が記すところの問題へのアプローチの仕方は非常に興味深い。
 とても
訳しづらい英語であるが、「良い逸脱」「実用的な例外」「参考にすべき逸脱者」などの日本語に置き換えられる。このアンビバレントな表現で表さざるをえないこと自体が私には魅力的に思えるのだが、端的には「問題を生じさせたのと同じ意識のもとでは、問題の解決はありえない。私たちが学ばねばならないのは、世界の新たな見方である。」というアインシュタインの言葉に集約されるのかな、とも思う。

 私たちがおおよそ行う問題解決は、
問題の原因を追及し、そこを一生懸命に改善しようとするプロセスだ。時にベストプラクティスと言われるような事例を持ち出し、それを当てはめようとしたりもする。しかし、そうした外から持ってきた解決策は得てしてうまくいかない。そもそも複雑多様化した社会において問題をパーフェクトに把握すること自体が難しいのだから、そうしたプロセスで解決策を見出そうとしても本質をつくことはなかなかできない。
 そこで、解決策を作り出していこうとするのではなく、実は社会の中にすでにある解決策を見つけ出していこうというのがPositive Devianceの考え方となる。こういう時代には、クラスの優等生よりも浮いた奴のほうが的確に問題を捉えたるするもので、そこに注目しようというのがPositive Devianceなのだ。

 よく例えに出されるのは、Save the Children
によるベトナムやマリでの栄養失調改善プログラムの事例だ。貧困に苛まれている地域にも関わらず、「非常に貧しい家庭であるのに、栄養状態のいい子どもはいますか」と尋ねると、時々「いますよ」との返事が返ってくる。これこそ、「貧困=低栄養」という常識を覆す“良い逸脱”のサンプルである。その“良い逸脱”となる家庭にヒアリングしてみると、「普通の家庭では捨ててしまう芋の蔓(カロチンや鉄分が豊富)を食べていた」「間食をさせていた(ベトナムでは1日2食が通常だった)「食べる前に手を洗わせていた」などという共通点が浮かび上がってくる。こうして挙がってきたものが、問題解決に向けた糸口になっていく。しかも大事なのは、これら解決策は決して特別なことではなく、誰でもアクセス可能なものであるという点である。

 
ワークショップでArvind Singhal氏は"What is question?"よりも"What is working?"という問いのほうに力点を置いていた。そこには、解決策はコミュニティの中にこそあるという信念めいたものを感じさせられた。
 彼の話で特に印象に残っているのは、マザー・テレサのエピソードだ。渡米して訪問したワシントンD.C.で「是非、反戦を訴える行進に一緒に参加してもらえませんか」と声をかけられた際、彼女はそれに対しノー」と返した。そして、「反戦のため(against war)には私は行進しません。ただし、平和のために(for peace)、というのであれば私はそれに参加します」と言い添えたのだそうだ。このエピソードをArvind Singhal氏が持ち出したのは、against(否定的)の姿勢ではなく、for(肯定的)の姿勢でできる限り向き合いたいということだったのだろう。
 それは、以前、私が水俣を訪れた時に出会った地元学の
「ないものねだりではなく、あるモノ探しをしよう」という思想とどこか似ていて、自分や自分の場に可能性を見出す姿勢に共感を覚えた。

 Arvind Singhal氏には、ワークショップ前、顔合わせも兼ね、私の研究室に来てもらった。畳敷きにしている私の研究室に入るなり、「日本の教授はみんなこんな研究室なのか?」「なんで畳を敷いているんだ?」「これにはどういう効果がある?」と立て続けに質問を浴びせてきた。もちろん「こんな風にしているのは私ぐらいなもんです」答え、「このほうがゼミ生たちがくつろげて、きっとクリエイティブにもなれるでしょ。四角い机がきれいに並べられていたら、それだけで来たくなくなっちゃうでしょ」と“効果”らしきことを言い返してみた。すると、彼は「これこそPositive Devianceだ!」と言ってくれ、ワークショップ中も何度も(しつこいぐらいに(笑))「カズヨシの研究室はPositive Devianceなんだ」と紹介してくれた。

 ただ、こういう空間で育まれるのは“良い逸脱”の
精神であると同時に、恩師に一言も発言をさせず、敬意を払うことすら忘れる不躾さでもあるので用心せねばならぬとも思ったのだった。
 
否、そんなしみったれたこと言わずに、それも年忘れとすることにしよう。

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【参考】
河村洋子, Arvind Singhal 「社会の中の『良い逸脱』:Positive Deviance」 『熊本大学政策研究』 2012年3月

リチャード・タナー・パスカル, ジェリー・スターリン 「脱トップダウンの変革手法 ポジティブ・デビアンス:『片隅の成功者』から変革は始まる」 『ハーバード・ビジネス・レビュー』(2005年9月号 特集「ファシリテーター型リーダーシップ」 ダイヤモンド社

2012年12月15日 (土)

TIMSSの結果から見えてくるもの

※今回のブログは今年立ち上げたファシリテーションに関する研究会のMLに投稿したものを加筆修正して掲載しました。

 先日、国際学力調査(TIMSS)の結果がメディアで報じられた。前回に比べて、概ね、結果が良かったようで、「学力低下に歯止め」「脱ゆとりの成果」との見出しが躍っているが、果たして本当にそうなのか、訝しくも思う。

 むしろ、そうした点数に一喜一憂する様子はどうでもよく、記事を読んで気に
なるのはその背景にあるアンケート調査の結果のほうだ。前々から言われていることだが、日本の子どもたちは他国の子どもたちに比べて、極めて勉強への意欲、
関心が低い。


※ちなみに、TIMSSとうのは「国際数学・理科教育動向調査」というもので、対象となる教科は数学(算数)と理科

「算数・数学の勉強が楽しいか?」
 →「楽しい」との回答
   小4 73%(国際平均84%)
   中2 48%(国際平均71%)

 73%もの小学4年生が「算数を面白い」と答えているのは、むしろ偉い!とも
我が身をふりかえると思うだが(笑)、いずれにせよ、国際平均よりは低い。

 次のアンケート結果は、それと相関していそうである。

「(理科の)先生の授業は分かりやすいか?」
 →「分かりやすい」との回答 中2 65%(国際平均より13ポイント下)

 こうした調査は主観が交じるし、環境が違うので単純に国際比較はできない
としても、この差には有意があるだろう。

 もうひとつ、親の関心との関連も興味深い。

「学校で習っていることを親が尋ねるか?」
 →「毎日/ほぼ毎日」と回答 12%(国際平均50%)
  「1回もない/ほとんどない」 26%(国際平均10%)

 この回答結果は成績との関連もあり、親の関心が低いとその子の成績も低くなる。「毎日」と「1回もない」と回答した子の平均点の差は、最も開いている中2数学で37点差、最小の小4理科でも11点差があった。これは、「学校の勉強について親と話す」「宿題をしているか確かめる」といった質問でも同じ傾向が出たようだ。

 これを見て思ったのは、「関心を示す」ことと「ふりかえりを行う」という行為はイコールなんだということだ。
 ファシリテーターがワークショップで必ず「ふりかえり」を最後に行うというのは、「あなた(参加者)がこの時間で学んだこと、気づいたことに私(ファシリテーター)
は関心がありますよ。ぜひ、聞かせて下さい」という姿勢の表れである。その行為こそが学びを深め、記憶を定着させるのだという仮説に立てるのではないかと私は思う。

 参加者に「関心を持つ」ことはファシリテーターにとっての、「ふりかえりを
行う」ことはワークショップにおいての、最低限の必要条件なのではないかと感じている。


【参考】 今回のブログは下記の記事に掲載されたデータをもとにしています。

 朝日新聞2012年12月12日朝刊
  1面「小4算数・理科 過去最高点」「脱ゆとりの成果」
  3面「学力低下、歯止め・中2は意欲低迷」
  教育面「親の関心、成績に影響 日本、他国に比べて低め」

2012年12月14日 (金)

DEAR30周年と池澤夏樹

 私は結婚式というものが大好きだ(もちろん、何度もしたいということではなく、それに出席することなのだが)。
 
なにより飲み放題というのがいいではないか。Img_4525心置きなく飲めるということほど、至福の時はない。一緒に列席した娘が、普段飲まない(飲ませてもらえない)ジュースにむしゃぶりつさまを見ていると、それは万人に共通する本能的なものなのだと思わされる。(当然、単なる遺伝なのだが(笑))

 先週末はお祝い事つづきだった。
 日曜日は、親戚の結婚式で、上京してきた両親を娘と東京駅に迎えに行き
(二人とも若い時に東京で働いていたが、今となってはまるで土地勘がなくなっている)四ッ谷にあるホテルニューオータニへ向かった。
 土曜日は、私が長年関わってきたNPO「開発教育協会(DEAR)」の設立30周年記念フォーラム
に参加した。会場となったのは上智大学で、奇しくもこちらも四ッ谷だった。

 記念フォーラムの名称は「わたしが、世界を変えるチカラになる〜池澤夏樹さんとともに〜」である。悲しいかな、この30年間(私が実質関わってきたのは、およそその半分の15年間)会員をはじめとする津々浦々の実践者たちの努力はあったものの、開発教育が市民権を得たとは言い難い。
 だからこそ、
30周年を機にこれからの30年より認知を広めていきたい!との強い思いがあるが、その糸口に池澤夏樹さんの知名度をお借りしようという魂胆がタイトルから見え透いている企画に携わったが言うのだから、事実そうであって、私自身、彼の講演を一番楽しみにしていた。(ちなみに、オープニングで会員による祝祭的なミュージカルが披露され、諸般の事情で自分もそこにプチ出演する羽目になったのだが、ある意味、それも見ものではあったのかも!?)

 池澤氏は、作家ゆえに文系だと思われがちなのだろうが、彼は埼玉大学理工学部物理学科に入学しているので
(ちなみに中退)、理系である(そもそも「理系/文系」の区別はナンセンスだが…)。そうしたバックグランドがあって、話は生物、そしてヒトのことから始まった。
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 よく“進化”という言葉を使うが、池澤氏曰く、その多くは“変化”にすぎない場合が多いという。例えば、「ケータイが進化した」というのがそれにあたる。
 生物学上、“進化”といった場合、環境との関わりの中で淘汰されず生き残った場合のことを言い、そこで消滅してしまったものは“進化”はできなかったということになる。つまり、ただただ“変化”したものに対しては“進化”という言葉は使えない。

 この地球上で、ヒトほど生息域に広がりのある種はなく、普通、(微生物や菌類を除けば)個体数や棲む場所は限定されている。このヒト様の「繁栄」は、自分自身を変化させるのではなく、周りの環境を変えて適応してきた“文化戦略の成功”によるものだと池澤氏は指摘する。それは、個体の性質を変えてきた(本来の)生物の進化とは違う方法論なのだが、とりあえずのところ、それはまだうまくいっている。しかし、それはあくまで“とりあえずのところ”なのであって、池澤氏の話の節々には、すでにヒトは猛烈に終焉へと向かっていると警鐘を鳴らしていたように感じられた。

 非常に面白かったのは、縄文人と弥生人の比較である。
 縄文の人たちは、非常に遊びの時間が長かった。人口密度がそれほど高くなければ、少し歩けば食料にはありつけるのだから、無理する必要はない。それに比して、弥生人たちは、畑を所有することを選んだ。それは自分たちの生活を安定させる目的であって、効率よく、楽な生活をしようという彼らなりの幸福論だったにちがいない。しかし、結果は、食料の余剰ができ(生産過剰)、年寄りも生きていけるようになり(平均余命の伸び)、人口増加につながっていった。すると、ヒトはテリトリーの確保に忙しくなり、争いが絶えなくなっていく。
 弥生時代の遺跡からは、縄文時代のそれと比べて、やけに矢じりの発掘が多くなったという話の引用は、とても示唆に富んでいた。

 池澤氏の言葉を借りれば、ヒトは「ゆりかごから墓場まで消費者」なのである。都市の成立には必ず畑(農地)の所有があり、文明が滅びる要因には燃料の枯渇があった。
 彼が『パレオマニア 大英博物館からの13の旅』
(「パレオマニア」とは“古代妄想狂”という彼自身が作った造語、と講演で言っていたと思う)という本の執筆のために世界各地を回り、文明のあれこれを見てきて、唯一、滅びていなかったもの。それは、狩猟採集を中心としたアボリジニーの人たちであって、物質に依存しなかった人たちだ。だから、彼らにウルル(エアーズ・ロック)はあってもピラミッドや万里の長城のような人工的な遺跡はなく、取材で写真を撮ろうにも被写体自体がなかったという話も皮肉である。

 ただ、アボリジニーの人たちが現代の消費社会に溺れてないと言いきれないことは、以前、オーストラリアを訪れた私にも分かっている。池澤氏も「昨晩、通った銀座のクリスマス・イルミネーションに背を向けることはできないだろう」と語っていた。「ただただ年寄りにできることは、使い切ってしまわないこと」とも話し、「次の世代はガラッと変わっているかもしれない」とやや希望的観測のもとにバトンが渡された。「そんな無責任な…」とも感じたが、池澤氏のみならず、誰もまだ明確な解は持ち得てないのだから、彼を責める資格はない。はっきり言えるのは、同じ過ちを万人が一様に繰り返し、まだ誰もその行動様式を変えることはできていないということなのだ。

 その解をDEARが一手に背負うというのは、あまりに任が重い。まずは、娘の暴飲暴食に歯止めをかけなくてはならぬ。解に至るには、きっと「隗より始めよ」ということなのだろう。
(あ、ダジャレで終わっちゃった…)
 

2012年12月 7日 (金)

異色の芸人、おしどりマコ・ケン

 ワークライフバランスも大事だし、インプット/アウトプットのバランスも必要だ。
 教員
というものは、ややもすると、忙しさにかまけてしまい、気づくとインプットがおろそかになってしまっている。アウトプットをするだけして、学生たちからは知力も体力も吸いとられ、ぼやぁ〜っとしている間にアホになっている。

 今年度は新しい
講義をつ持たされ、必死にアウトプットしているに、やや疲弊気味になり、そしてアホになりつつあることにふと気づく。そんな折、池住さんから「大学院の授業聴講しに来ませんか?」とのお誘いメールが来た(ちなみに、私個人にだけ来たものではないのだけど)池住義憲氏は、この業界で名のしれた名ファシリテーターである。そして、「自衛隊イラク派兵差し止め訴訟」の原告代表であり、2003年の愛知県知事選に立候補した経験(結果は大差はついたが次点)もある、異色の人物である。
 今でこそ、私は「ファシリテーター」という職能を持ち合わせているかのように振る舞っているが、もとはと言えば、池住さんとの出会いがその始まりになる。私が大学院生だった時に受講していた国際協力・国際教育のリーダー養成講座「地球市民アカデミア」の夏合宿に講師として来られたのが池住さんで、日間にわたって繰り広げられたワークショップでの彼のファシリテーションにはとても魅了された。今でも“新しい学びのあり方”に触れたあの時の時間の流れ鮮明に覚えている(このエピソードは『開発教育−持続可能な世界のために』(学文社 2008年)の担当章の冒頭で触れている)

 彼から来たメール
は、「コンテキスト(Context、社会の現実)にまさるテキストText、教材)はないとの書き出しに始まり、尖閣諸島領有権問題、非暴力トレーニング、死刑制度、児童ポルノ問題、米国大統領選、狭山差別事件、セクシャルマイノリティ、拉致問題、ガンジー、マーティン・ルーサー・キングjretcと興味津々なワードが立て続けに並べられていた。日程を見れば、ちょうど私が夜間の社会人向け講座を担当する曜日で、日中であれば比較的都合をつけられるスケジュール。これ幸いと、さっそく池住さんに連絡し、立教大学大学院で行われる後期の彼の授業を聴講させてもらうことにした。


Img_4513  時折、アウトプットからインプットへシフトすること、そして環境を変えてみることは、いい刺激になる。なにせ、拓殖大学
と立教大学では吸う空気すら違っているように感じるのだから。
 この時季のイルミネーションは、拓大にもあることにはあるが、ミッション系である立教大学のそれに叶うはずもなく
(左写真)キャンパスに入っているショップだって立教がオシャレなカフェのTULLY'S COFFEEであるのに対して、拓大吉野家なのだ
 その歴然たる差を感じつつ
TULLY'S COFFEEのカプチーノを片手に、講義が行われる教室へと向かった。教室に入るや否や、いつもと違う明るさにワクワク感が募る。今回行われる講義は、興味津々のカリキュラムの中でも最も楽しみにしていた「おしどりマコ・ケン」の回なのだった。

 おしどりマコ・ケンは吉本の芸人さんである。ただ、皮肉なのだが私が彼らを知ったのは夫婦音曲漫才師さんとしてではなく(ごめんなさい!)、コラムニストとしてであった。定期購読していた『DAYS JAPAN』の連載コラム「おしどりマコ・ケンの実際どうなの?」での切り込み方、そして何より「吉本の芸人がなんでここまで?」と(池住さん同様)その異色ぶりに興味を惹き、気にはなっていたのである。

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 90分(では到底おさまりきらなかったが、ありがたいことに)の彼らの講義は、このブログで取り上げていてはきりがないので、詳細は割愛する。とにかく、それだけ1秒1秒に思いの詰まった講義だったのだ。

※ぜひウェブマガジン『マガジン9』の「おしどりマコ・ケンの脱ってみる?」を参照してもらいたい。特に最新アップの「『アフリカに原子力を推進するために、福島原発事故の汚染を住民が受け入れることが必要』というOECD/NEAアジア会議の件。」は、講義でも触れていた内容だし、総選挙にも関係してくるので、お目通しいただきたい。

 おしどりマコ・ケンの話を聴いていると、自分の講義で言っていることとも共鳴してきて嬉しくなった。

 紹介された飯館村の人たちの話で、「もう科学は信じない。みんな“答え”だけを置いていく。『これが答えです!』という先生はもういらない。『答えを探している』という先生の言葉を信じたいと思う」というのは、私が講義・講演でよく引き合いに出すグローバル教育の第一人者ディビッド・セルビー氏の「"I don't Know"と言える先生でありたい」という言葉とオーバーラップする。

 「マスコミは“自主規制”がかかっている」とのコメントは、メディア・リテラシーの授業で私も指摘している。それは、小さな自主勉強会に足を運んでくれた森達也氏からの言葉でもある。そこに込められたメッセージは、呪縛さえ解ければ社会は変わる(しかも自分たちから!)というものである。
 
 こうした重なりの実感は「思いは繋がっているんだ」との後押しに
る。ただ、その一方で、なかなかそれが力になっていかないという甚だしいもどかしさにもなっている。
 
最後、その思いをおしどりマコ・ケンにぶつけてみた。そして、(他に聴いているみんなも不思議に思っているだろうとお節介ついでに彼らがどうして吉本に居続けられるのかということについても。

 面白かったのは、ある提案。「みんな、テレビや雑誌でやる今日の占い』『今週の運勢のような占いものが好きなので、「今日のラッキーカラー」とかだけでなく、「今日のラッキー社会問題」とか載せたらいい」というもの。
 きっとイメージするとこんな感じだろう。例えば、「
牡羊座のあなたはのラッキー社会問題は『尖閣諸島領土問題』。独りよがりにならないで、みんなの意見も聞いて考えてみてね。留学生が近くにいたら絶好のチャンス!」とか、「双子座のあなたは『アラブの春』。もう過ぎ去ったニュースなんて思わないでね。だって、現地ではまだまだ解決してない問題なんだから♪」ってな感じだろうか。

 半分冗談半分マジなこの提案は、あまりに無頓着で思考停止になった日本人への警鐘であると受け取った。
 
 お二人は、震災前、「売れてやるぅ〜!」との野望を持って大阪から東京に乗り込んできた。しかし、震災直後、芸人の先輩がハッピを着て枝野さんの隣で「大丈夫ですよ」と言っていたのを見て、「テレビで売れるとはこういうことなんだ…」と愕然としたのだという。だから、その路線に乗っかれないことにはまるで未練ないように見えた

 「自分たちがここで吉本を辞めてしまったら、後に続く同じ志を持った後輩芸人が入ってこられなくなる」
 
 だから、吉本の芸人という立ち位置は変えずに、おしどりマコ・ケンは今の活動を続けている。そのタフさぶりには、ただただ感服する。とことん応援したくなる二人だから、今度は劇場に足を運んでみようと思う

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