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2013年8月 2日 (金)

バカ者は「きっと、うまくいく」と念ず

 久々にインド映画を観に行った。実は、明日からインドに旅立つから、という理由もないわけではないが、沢木耕太郎の文章(下記「参考」参照)を読んで、観たくなったのだ。余談だが、私が彼の文章を好きということもあるのだろうが、彼が朝日新聞に掲載している映画紹介コラム「銀の街から」を読むと、ほぼその映画を観たくなってしまう。
 
 映画『きっと、うまくいく』は、もともと妻と行くつもりだったが、うまく調整がつかず、どうしようかと思っていたところ、ゼミ生が私の“趣味”に付き合ってくれることになった
(ちなみに、男子学生2名)。アクの強いインド映画は、まさに趣味の範疇と言うしかない。
 が、学生たちはそもそも
(私がお勧めする映画なんぞ)期待していなかったようで「結構面白かったっすよ」とそれが意外だったかのように観賞後の感想を語っていた。

 そうなのだ、これは私が知っているインド映画とは少々趣きを違えている。私たちが知っているインド映画は、90年代に一世を風靡した『ムトゥ 踊るマハラジャ』に代表されるように、歌あり、踊りありのとことんエンターテイメント性重視のものだ。ストーリー(脚本)で“語る”ものではなく、ただただ面白さ、楽しさを“見せる(魅せる)”ものなのだ。だから、インドの人たちは映画館で喝采や罵声をスクリーンに浴びさせ、一緒に歌い、踊る。そういう意味で、インドの映画は我々の映画とは一線を画しており、映画館という場だってまるで違う様相で、別の意味合いで成立している。

 たしかに
自分が渋谷で『ムトゥ 踊るマハラジャ』を観た時は、一緒に歌い踊ることさえなかったものの、スクリーンに向かって突っ込みを入れるささやきが其処此処で聞こえ、それを互いに許し合ってる鷹揚さがあり、観賞後は一斉に大きな拍手が巻き起こった。そんな光景を見るのは日本の映画館では初めてで、とても不思議な一体感に包まれたのを覚えている。おそらくその場にいた多くの人がインド映画初体験のはずで、その映画の力に魅了、圧倒されて、場がインド化されたに違いなかった。もう15年も前のことである。

 しかし、『きっとうまくいく』は必ずしもその法則には則っていなかった。だから、私がインド映画に抱く印象とゼミ生がインド映画に抱く印象には、決定的な差がある。彼らにとっては、これがインド映画初体験なのだ。そもそも「
スピルバーグが3回も観た!あのブラピも泣いた!」なんてのが、映画の売り文句になっているのだから、隔世の感がある。ボリウッドがハリウッドを凌駕するなんてことは想像だにしなかった。
 きっとそれはそのままインドや中国などの新興国に抱くイメージの我々世代と学生たちとの桁外れな格差につながっているのだろう。
(事実、最近はインドでもシネコンが増え、昔ながらの映画館は見向きもされなくなっているともいう)

 とはいえ、私自身も映画自体は非常に楽しんだ。3時間弱という長さもそうは感じなかったし、必ずと言っていいほど、鑑賞中、一度は居眠りしてしまうのが、今回はまるでなかった
(これは、映画が面白い面白くないに限らず私にある現象。これを“ビョーキ”と主張しているのだが、だれもそうは認めてくれない)。図らずも3〜4回(ブラピ同様)泣いてもしまったし。劇場がほぼ満席で、ゼミ生たちと隣り合わせの席にならなかったのは幸いした。
 時折、ベタな感じのところもあったのだが、それがまたいいのだろう。ボリウッドらしさがなければ、ボリウッドがハリウッドを凌駕したのではなく、単にグローバリゼーションの波に覆われただけの話なのだ。

 言葉自体が自己矛盾しているのだが、“ベタ”という俗語は「ありきたり」という意味でありながら、それは現実にはあまり起こらないことのほうが多い。好きになったのが目の敵にされている校長の娘だったなんて、映画のストーリーとしてはベタだが、実際にはまずない。

 ただ、この映画の評価すべきは「ベタこそサイコー!」と密かに哲学的に埋め込んでいるところではないかと思う。それは、主人公であるランチョーの生き方、考え方そのものであり、タイトル「きっと、うまくいく」という箴言に表されてもいる。
 換言すれば、“一般社会”というまやかしに埋もれて、“ベタ”という当たり前が当たり前でないほうに追いやられてしまったものを自分たちの中に取り戻そうよ、という映画なのだ。ランチョーはそれをただただシンプルに貫いている。24

 映画は、日本にも通ずる学歴社会への批判をコミカルに描いている。その点で、教育映画と言えなくもない。だから、自分にも重ね合わせて観たのだが、「戦争のない世界を!」「差別のない社会を!」と胡散臭く、青臭くも思われるベタなフレーズを大まじめで実現しようとする教員でありたいと思った。その信念をこの映画は後押ししてくれた。

 映画の原題は"3 idiots"(3バカトリオ)。自分もバカ者だとののしられようと、「きっと、うまくいく」と念じて、学生たちと付き合っていきたいと、観賞直後、改めて誓った。そこに一緒に観たゼミ生たちの「結構面白かったっすよ」という感想が重なってきたのだった。10年後、20年後に彼らと再会した時にそんな言葉をかけられるゼミであればいいと念じている。

〈付記〉
明日からインドのラダックというところへ行ってきます。映画のラストシーンは、そのラダックのあまりに美しいパンゴン湖で撮られていたようです。今回、残念ながらそこは訪れないのですが、昨年のブータン同様、できるだけデイリーでブログを更新したいと思っています。ただ、インターネット環境がこの上なくよくないそうなので、できる範囲で試みますね。


【参考】
◆映画『きっと、うまくいく』 http://bollywood-4.com/kitto.html

◆朝日新聞デジタル 2013年6月6日
 沢木耕太郎『銀の街から』 「きっとうまくいく」友の謎追い 美しき世界へ
 http://www.asahi.com/and_M/interest/theater/TKY201306050289.html

※同じインド映画で『スタンリーのお弁当箱』も気になっている。
 http://stanley-cinema.com/

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コメント

おもしろそうな映画ですね。

ラダックでの報告も楽しみにしています。
ネット環境はよくないようですが、
きっとうまくいく、と思います。

森井さん、エールありがとうございます。
今、成田ですが、今回の海外研修も参加者全員無事帰国し、「きっと、うまく」いくのだと思っています。

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