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2013年8月13日 (火)

ラダック訪問記②〜教育を施すジレンマ

 “教育を施す“ということは簡単ではない。それは、その子の未来を“操作する”ということになりかねないからだ。教育実践者であれば、なおのこと、そうした恐れを念頭に置いておかなければなるまい。

 到着初日に聞いた弁護士で社会活動家のオッツァル氏の話はとても皮肉なものだった。“教育を施す”ことがラダックの人たちをジレンマに陥れさせているというのだ。

 自分も親になってみて思うのだが、子どものためであれば何を犠牲にしても惜しいことはない。だから「よりよい教育」を与えてあげることは、親として義務以上のものとなり、さらにそれが社会一般的に「善」とされる故、時に呪縛とさえなってくる。
 開発の波が押し寄せるラダックでは、そうした親の思いはより増していっている。レーから車で2〜3時間かかるリクツェ村でさえ、村にある学校への就学率はほぼ100%で、10年生の進級試験に落ちる者が若干いるものの、ドロップアウトも基本的にはないという。おおよそが抱く途上国の教育事情の認識は改めなければならなくなってきている。

 しかし、結果的に「善」となっているかというとそうとも限らない。ラダックの人たちが陥るジレンマには3つある。

 1つ目のジレンマは、学校を出ても職にありつける保証がないということだ。最近のラダックでは(主にレーのことだと思われる)盗みが増えるなど物騒なことが多い。オッツァル氏によれば、その背景にあるのは学校を出ても職がないということが影響しているという。
 親たちが子に託す願いには、社会のニーズがそうやすやすとは応えてくれていないのだ。

 2つ目のジレンマは、畑や家畜の世話をするのはもとより子どもの役目であったが、それを担う者がいなくなってしまっていることである。こうした変化は「児童労働」という観点から良しとされるのだろうが、それは彼らのライフスタイルの急変であり、親がなんとか踏ん張っているという状況でもっている。それは時にImg_6101_2 (「三丁目の夕日」のように)美談とされるが、大変であることに違いはない。
 事実、村の教員たちにインタビューした際、「教科書は配布されるし、給食も出ているので、学校に通わせることは大変ではなくなっている」と口を揃えて回答したが、村でプロジェクトを展開するガイドで通訳のスカルマさんは、「少子化も重なり、畑や家畜の面倒がみられなくなってきている。これは大変なこと」と日本語で語ってくれた。

 3つ目のジレンマは、「より高い教育を」と親がラダックの外へ子をやることで“地域の教育”を受けられなくなっているという現実である。裏返せば、学校だけが教育を担う弊害が出ているということになる。
 オッツァル氏の言葉を借りれば、現在行われているのは「アカデミックな教育」で、それには限界があり、スピリチュアリティが廃れているというのだ。つまり、ここでも“学力”偏重の変えられない流れがあるというわけだ。これまではその部分を親や地域の大人がストーリーテリングを通して語り聞かせていたものが、すっかり抜け落ち、人としての育みが十分でないことをオッツァル氏は危惧している。そこで、彼は400人ものラダック出身学生を集めて泊まり込みのワークショップなどを開催し、その流れに抗っている。それは、親への敬いや社会への責任感、そして環境への配慮やサステイナブルな農業へのreconnect(再接続)を目的としている。

 これらのジレンマは“古き良き時代への懐古”とも受け取られかねないが、ラダックにおいてはそう安易につなげてはなるまい。そう見ることは、ラダックを“取り残された地域”と哀れみの目で見ることに過ぎず、別のアプローチを試みていると捉えるImg_5878 ことを阻害している。半周遅れだとラダックを見ている姿勢を、実は半周先を行っている我々の未来の姿として見る目を持たなくてはいけない。

 もちろん当のオッツァル氏は懐古になど浸ってはいない。彼は、アカデミックな教育と表現している従来の教育をオルタナティブな教育へとしていかなければならないと強調していた。オルタナティブな教育とした彼の目指すべき教育は、本を通して教室で行うものではなく、フィールドへ出かけて実践的なものにすること。そしてアカデミックだけではなく参加型で行うもの。誰かが1位になる教育ではなく、みんなが1位となれる教育のことである。そうした教育は「楽しいものなのか」「役に立つものなのか」と常に問い続けて検証し、心の中に閉まっていた学習者のfeelingをshareすることから始まるのだと彼は訴えた。

 それらは、奇しくも私たちが漠然と目指そうとしていたこととオーバーラップしてくる。彼はそれをいともたやすく言語化してくれ、私の腑に落ちた。それは、滞在初日にして「ラダックから学ぶ」という旅の目的を証明してくれた瞬間でもあったのだ。

※文中の写真は、リクツェ村のLiktsey High Schoolとラダックで最も有名な私立学校Lamdom Schoolの子どもたち

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コメント

自分たちの暮らしや価値観を、ある意味、大きく改変したり
否定したりすることが、日本でも近代教育の大きな
役割になっていたと思います。たぶん、同じようなことが
今起っていると思います。
適応した「優秀な」子は、村を出て、帰らない人になって
いくことでしょう。親はそれを複雑な気持ちを抱きつつ、
子どもの幸せは自分の幸せと思うことでしょう。いろんな
ところでそういうことがくり返されているように思います。
かなり普遍的な感じがします。
自分で考え始めるようになれば、それは本当の学力だと
思いますが、知識偏重でその量を競う段階では、たぶん、
「選別」の機能しか働かないのではないか?と想像します。
教育の役目や機能はいくつもあるようですね。

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