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2013年12月29日 (日)

ラダック訪問記⑦〜グローバリゼーション

 今回の研修はグローバリゼーションと開発の問題を考えにきたと言っていい。それは「観光」ではきっと分からないのだろうから、僕らは悪あがきに「スタディツアー」と銘打ってなんとか答えに辿り着きたいと思っていた。そういう点で、レーから車で何時間も揺られ、リクツェ村で4日間のホームステイをしたことの意味はある。
 ただ、彼らと
(わずか4日間ではあるが)寝食を共にして感じたのは、グローバリゼーションの波に侵されているような、いないような…といったつかみどころのものなのではあるが。

 興味深かったのは、リクツェ村滞在最後の夜に村の人が総出で集まってくれて、男性グループ、女性グループ、若者グループ、そして我々の四者でディスカッションをしたことである。Img_6300

 「今一番欲しいものは?」と問えば、女性たちは「お金!」と遠慮なく言い、「だって教育費にお金がかかるし、旦那は収入がないし(笑)」と笑い飛ばす。一方、男性たちは「お互い助け合いでやっているので、お金は必要ない」と言い張る。でも少し間を置き、「でも、これからはお金が必要になってくるかも…」とも言い加えた。
 若者は率直に「車、パソコン」と答えた。

 「いろいろ社会が変化していく中で、これから家族の関係はどうなっていくのだろう?」という疑問には、意外にも若者が口火を切って「今のままであってほしい」と言い、大人たちは「いや、崩れているだろう」と案じる。それでも若者は「いやいや、そうなってほしくはない。どうなるかは自分たちの手中にある」とも力強く言った。そんな宣言ともとれる若者の決意めいた言葉を尻目に、女性たちが「でも私たちゃ、もう生きてないね」とやはり笑い飛ばして、最後、持っていってしまう。

 この時間の結論。グローバリゼーションの行き着く先は“女性の時代”ということである(笑)。

 途中、「東京のように時間に追われる生活をどう思うか?」という問いも参加者から投げられた。「時間どおりに事が運ぶ日本のほうがいいと思う」と真剣な顔をして話してくれたが、そもそもこのディスカッション、数時間も遅れて始まった。そのことを突っ込むと、「それは言わないで下さい」と村の人たちは苦笑い。
 たしかに、畑仕事が手間取ったのが主な理由なので責めるつもりは毛頭ないのだけど、道路工事には遅れないで行っているとのこと。

 前にブログでも少し触れたが、ここは経済的な発展に伴い、中心地レーから舗装された道路が延びようとしてるところであるとともに、地政学上も非常に重要な経路となっており、政策的に道路建設が行われているのである。移動中、何度も道路工事の場面に出くわしたのはそのせいだ。

 その道路工事には村人たちも駆り出され、彼らの今の生活を支える大きな収入源となっている。そのことは、もろもろに彼らの生活へ影響を及ぼしてもいる。
 ディスカッションの中では「8時に迎えにくる車には遅れないで行っている。遅れたら給料から割り引かれるから」と話していた。また、今まで心配することのなかった泥棒が出るかもしれないということで「鍵をかけるようになるかも」とも話していた。人の行き来も増えるから、これ好機と「
畑をもっと開拓して、稼ぎたい」と言い、「でもマーケットがないからそういう場も欲しい」と惜しげに話してもいた。
 彼らの心中は微妙に揺れ始めている。

 朝のジョギング中に見つけた岩肌にあった落書きにはこう書かれていた。

 "LADAKH IS THE PRIDE OF OUR COUNTRY"

Img_6212
 ガイドのスカルマさんに聞けば、これは落書きではなく、日本で言うところの国交省のようなところが描いた標識みたいなものらしいが、それでもラダックの人たちの心情そのものでもあると思う。それはいろいろな意味で。

 彼らは決して自分たちのことを“インド人”とは言わず“ラダッキー”なのだと言う。
 ホームステイ先にあったカレンダーを覗いたら8月15日のところに"Independence Day"とあったので、「この日は村でお祭りでもするの?」と聞いたら、「何もしないよ」と素っ気なく答えられた。18年前に訪れたインド・カルナタカ州の村では盛大なお祭りをしていたのに、だ。

 道路や家の建設でネパールから出稼ぎに来ている人ほどガツガツ働きはしない様Img_6078子を「どうしてか?」と聞けば、「ラダッキーはLazy
(怠惰)だから」と彼らを横目に言う。(左写真は、出稼ぎのネパール人たちが建てているホームステイ先の新居)
 これは、昨年言ったブータンでも全く一緒で、出稼ぎの人たちに対して自分たちをLazyと
謙遜であるのか言っていた。それは自分たちのこれまでの生き方を曲げたくないというプライドでもあるように私には聞こえた。

 だから、あの岩肌にあった言葉はラダックの豊かな自然資源を謳ったものではあるのだろうが、私には複雑に、そして意味深げに映ったのだった。
 
 ラダックを後にして、乗り換えのデリーのホテルでおもむろにテレビをつけるとCNNのニュースが流れていた。奇しくもそこではラダックの道路建設のことを特Img_6474集しており、見覚えのある風景をバックにレポーターが話している。
 その特集のタイトルは"Road woes in Ladack" 
 意訳すれば「延伸する道路がもたらすラダックの苦悩」といったところか。

 その道はどこへ続いていくのだろうか…。

 ラダックの未来は僕たちの未来とも重なるのだと思うと、その道がどこに繋がるのか、他人事とは言っていられないのだろう。

【参考】
JICA's World 2013年7月号 「太陽光で自然に優しい生活を」(NPO法人 ジュレー・ラダック)
http://www.jica.go.jp/publication/j-world/1307/ku57pq00001f7taf-att/04.pdf
※ラダックでは、ジュレーラダックの協力のもと、新しい開発のあり方として自然エネルギーの利用も進められている。

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コメント

なんとなく、

『反社会学講座』パオロ・マッツァリーノ ちくま文庫 

の「日本人は勤勉ではない」という章を思い出しました。

 ホームステイ先にあったカレンダーを覗いたら8月15日のところに"Independence Day"とあったので、「この日は村でお祭りでもするの?」と聞いたら、「何もしないよ」と素っ気なく答えられた。18年前に訪れたインド・カタルカナ州の村では盛大なお祭りをしていたのに、だ。

石川さん、

上のはカルナタカ州ではある。。

スカルマ

スカルマさん、ご指摘ありがとうございます。お恥ずかしい限りです。
修正しておきました。

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