骨髄バンク支援

  • 走り続けて、骨髄バンク支援!
2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

« 映画『陸軍登戸研究所』 | トップページ | ラダック訪問記⑤〜尼寺にて »

2013年12月13日 (金)

ブログ再開に際し…

 前回書いたブログが8月31日だったから、もう季節はひとつ飛びに冬になっている。そんなにサボっていたつもりはないのだが、人の意識とはそんなものである。一年の計は元旦にあり、と誓いを立てても、まったく何もしないまま大晦日を迎えるなんてことはありがちな話だ。なにより自分の英語学習なんぞはその最たるものである。毎年、12月31日にはペラペラになっているはずなのだが、そうなった試しがない。そして1月1日に神社で手を合わせ、また祈るのである、「ペラペラになれますように」と。
 日常に流されるのはいともたやすいことなのである。

 9月に授業が再開し、バタバタしつつ、なんとか体裁は保って仕事はこなしてきたつもりだ。それでも
例年どおり!?“自転車操業”であったことにはちがいない。
 
加えて、妻の妊娠が夏に分かると間もなくして、第一子の時と同様、ひどい悪阻になり、ほぼ4ヶ月間、寝たきりとなった。一切合切の家事を切り盛りせねばならなくなり(夕飯は義父母宅でお世話になりましたが。多謝!)、朝などは、朝食の支度、洗濯、洗い物、保育園の連絡帳記入、送迎などなど本当にあっぷあっぷだった。「いやぁ、まったく休みがなくて…」という日本人特有の“忙し自慢”だけはみっともなくてしたくないのだが、事実、週末が予定で埋まることも多く、家族には悪いことをした。
 とりわけこの12月上旬には大きな仕事が重なり、その準備にてんてこ舞いだったが、水曜日にその山を越え、やっと一息つけることとなった。今晩は職場の忘年会があり、もうすっかり年忘れモードである。
 というわけで、久々のブログ再開!という気になったのだ。
(相変わらず前置きが長い…)

 けども、ブログ再開はショッキングな話から始めなければならない。

 木曜日は講義のない日で、家族サービス
(という言葉は好きでないが)や地元の活動に基本充てている。昨日も週に一度連れて行っている野外での自主保育へ娘をまず送らねばならなかった。その道中、「いつもの場所へは行かず、近くのK氏宅に集合してくれ」と携帯に緊急の連絡が入った。その慌ただしさといつにない声色から、そして「そこに子どもたちは決して近づかせないように!」と暗に匂わせる電話にただならぬものを感じざるを得なかった。

 私たちが自主保育をやっている場所は「果樹園」と呼ばれている。ディズニーに出てくるような小人たちが住んでいてもおかしくない
“小さな森”といった具合のところである。そこはK氏が中心となり、間伐材で遊具をつくったり、竹で大きなドームを組んだりして、子どもたちの格好の遊び場となっている。週末にはフリーマーケットをすることもあり、地域で活動している人たちの憩いの場ともなるところである。

 その果樹園の中ではなかったのでまだよかったのかもしれないが、その脇を流れる小川の川縁で首つり自殺があったのだ。
 見れば、30歳前後の若めの男性で、木の下には彼の物と思われるバッグが置いてあった。

 保育をお願いしているH氏がその第一発見者であった。彼女は、すぐに110番通報し、その後、我々のところに先ほどの緊急連絡が回ってきたというわけである。
 そんなことは(当然)つゆ知らず、K氏宅に集められた子どもたちは、普段どおりに無邪気に遊び始めているからH氏にはそっちへ行ってもらうことにし、というか、そもそも「震えが出てきた」と動揺し始めてもいるので、K氏と私とで現場の対応をすることになった。

 先回りして電話で警察に現場の様子を伝えているK氏の後を追っていくと、程なくして鳴り響くサイレンが近づき、まずは消防車で緊急救命士たちが駆けつけた。その後、近所の交番のお巡りさんも加わり、改めて情況を説明することになった。

 自主保育が始まるのは9時だから、H氏が発見したのはその少し前である。決して人通りが多いところではないが、それでも
K氏の話では朝には散歩する人がそこそこいるし、車の通行だってそれなりにあるらしい。なのに、太陽がかなり昇ったその時間帯まで発見されなかったのは不思議である。「なんでだろう?」とK氏とも話をした。
 たしかに、川は道路下を流れているし、ガードレールが視界を若干遮ってもいる。実際、救急車が辿り着く前、私の横をジョギングする男性がいたが、気づた素振りもなく
通り過ぎていったそれでもH氏が第一発見者になることはなかったように思う。

 なにも現代人の無関心を非難しているわけではない。さすがにその現場を発見し、110番通報せずに放っておく人はいないだろう。本当に気づかなかっただけなのだ。
 その首を吊った若者がどんな思いでそうする決意をしたのか、想像することなどできないが
、何時間もその状態であり続けねばならなかった彼に憐れみを覚えてしまう。死んでしまっては、それも意味のないことであると分かっていても…。

 しばらく経って、鑑識の人たちが到着し、彼らと入れ替わり、自分はその場を去った。
 すぐに大通りに出るのだが、すれ違う車中にいる人たちは何食わぬ顔をしてハンドルを握っている。

 当たり前だ。
 当たり前ではあるが、彼らの肌のすぐ外でそうした“一大事”が起こったことにまるで気づいていないことは、たまたまふたつを知った自分にとっては違和感がありすぎた。

 奇しくも今週講義した社会学で取り上げたテーマは「自殺」であった。
 日本には年間3万人ほどの自殺者がおり、その自殺率はOECD諸国の中で男性は3位、女性は2位となっている。
こうした数字は“自殺大国”と言われる所以となっている。
 もしその人たちが自殺せず、普通に暮らしていたならば過ごしていたであろう年数を合算すると85万年分に相当する。この数字にあまり意味がないことは重々承知している。それを“失われた”とするのは生きている者サイドの視点にすぎないのだ。そう思うと「イキル」と「シヌ」の差はどれほどのものなのかますます分からなくなる。

 ブログを通して彼の死を想い、せめてもの供養になればと思う。偽善なのかもしれないが。

 合掌。

【参考】
"Saving 10000 Winning a war on Suicide in Japan(自殺者1万人を救う戦い)"
 http://www.saving10000.com/ja/
 ※これは社会学の授業で見せたドキュメンタリーです。

« 映画『陸軍登戸研究所』 | トップページ | ラダック訪問記⑤〜尼寺にて »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

近くの山でも年に何件かはそういう事件?があるようです。
私もできれば遭遇したくないなと思いますが、出会ったとき
は仕方ないですね。ご縁ということで。
私自身も自殺はふらっと考えたことが何回かありますが、
ふっと意識がしっかりして思いなおしました。そういうときは
相談するというような状況にはなくて、視野も狭まっていますね。
自分で相談に行ける場合は、問題はないのですが、そこまで
の状態でないのが問題の深さを示していると思います。
また、困っている人にまわりの人の関心が向かないのもわかる
気がします。自分のことや自分の家族のことなどで手いっぱい
という意識が強いですもんね。集中しすぎている、一生懸命すぎる、
遠慮しすぎる。。。のかな。

ちょうど昨日も近くをハイキングしている男性が通りかかり、「県外のナンバーを見ると気になるんだよねぇ」と話しかけられました。
少しだけですが、生きるということにはどれほどの意味があるのかな、なんても思っちゃいました。

(たぶん)生きることに、意味はなくてもいいんじゃないでしょうか。
生きるというのは、それだけで、いいように思います。
「意味」というのは後づけで、あれやこれやとつけてるだけ
のような気がします。意味に意味なし?

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549757/58746799

この記事へのトラックバック一覧です: ブログ再開に際し…:

« 映画『陸軍登戸研究所』 | トップページ | ラダック訪問記⑤〜尼寺にて »