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2013年12月30日 (月)

ラダック訪問記⑧〜旅を終えて

 仕事柄、海外には比較的よく行くほうだ。だから、経験上、それがいい旅だったのか、それほどでもなかったのか、なんとなく判断できる。帰国してからあまり経っていないのに「あぁ、なんかだいぶ昔のことのように思えるな」とふと思い返す瞬間があれば、その旅は非常に濃密な“よい旅”であったと確信する。なぜなら、もし旅を「非日常に身を置くこと」と定義するのであれば、日常が旅と対比され、そのギャップが浮かび上がれば上がるほど、時間の経過は実際よりも長く体感されるものだと思うからだ。帰国から4ヶ月経った今、こうしてラダックへ行った夏を思い起こすとまさにそんな感覚におそわれる。

 拓殖大学では社会人向けの公開講座として「国際開発教育ファシリテーター養成コース」という通年コースを毎年開講している。そして、夏休み期間中には「海外開発現場研修」と称し、参加者を募ってアジアやアフリカのフィールドに出かける。昨年、“幸福の国”と呼ばれるブータンへ赴いたのに続き、今年度の研修をラダックにしたのは、グローバリゼーションの波が押し寄せる中で、「開発」をどう捉えていくかという課題を共通に抱えているからで、参加者のみんなとそのあり方をとことん考えてみたかったからである。

 研修終盤、突き抜けて青いラダックの空のもと、風にそよぐリクツェ村の広場の芝生にメンバー8人でスカルマ氏を囲んで座った。そして、あれやこれやと旅をふりかえる。市民活動をする弁護士やNPOスタッフとの対話、尼寺での滞在、レーの私立学校と村の公立学校訪問、SECMOLの持続可能な生活、そしてリクツェ村の人々とのふれあい。そうした貴重な種々のアプローチでラダックの姿をより立体的に見せてくれたスカルマ氏、加瀬氏をはじめとするジュレーラダックの皆さんに感謝している。

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 ただ、今夏ラダックを訪れた我々8人が明確な解答に辿り着いたわけでは決してない。つまり、ラダックの人々を私たちの日常とのコントラストとして見てはいけないのであって、それは私たちの課題としても日々思い、考え続けていかなければならないことに気づかされたからである。だいぶ昔のように思えるなと感慨に耽ると同時に、自分事として考えていかなければならない宿題をいただいたとも今改めて思っている。

※本稿はNPO法人ジュレーラダックのニュースレターに掲載されたものを一部修正して転載しています。

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