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2014年8月 4日 (月)

スリランカ訪問記その2〜NGOアプカス(APCAS)訪問

 実質、研修初日の昨日(8/3)、手始めに(お決まりで!?)コロンボ市内観光から。

 街の風景や訪れた寺院から感じるのは、まさにカオス。スリランカ全体でみれば、圧倒的にシンハラ人が多いのだが、ここコロンボに限れば、Img_8664_2 その不均衡は弱まる。仏教徒が多いことには変わりないが、ムスリムもヒンドゥーも相当数見かける。寺院にいたっては、仏教寺にヒンドゥーの神も祀られているなんとこともある。それらを拝むことで“他宗教の神々にも功徳を与える”のだそうだ。そうした行為は、寛容なのか、敬意を払っているのか、はたまた横柄なおせっかいなのか、まるで計りかねるが、そのごちゃ混ぜ感こそがスリランカなのである。
 お堂の中の仏像たちが、ミケランジェロが教会に描いた宗教画のように見えるのは
(右写真)、そのせいなのだと思いたくもなる。

 実は、市内観光の前にAPCASというNGOを訪れた。着いた翌日が日曜日だったため、どこも休みで予定が立てられなかったのだが、快く訪問を受け入れてくれたのがAPCASだったのだ
(ありがたい!)

 APCAS(アプカス)という響きから、それが日本のNGOだとはあまり察しがつかないだろう。それもそのはず
(と言っていいのか)、アプカスというのはアイヌ語で、「歩く」という意味であり、スリランカの人々はじめ国内外の周縁化された人たちと“ともに歩く”という思いが込められている。
 ちなみに、APCASとはAction for Peace, Capability and Sustainabilityの頭文字をとったものでもある。2004年に起きたスマトラ沖地震による大津波の被災者支援を契機に活動が始まり、2008 年1月にNPO法人格を取得している。

 アイヌ語にこだわるのにはワケがある。APCASの事務所は北海道函館市にあるのだ。「あえて東京ではなく、地方からの発信にこだわった」と話してくれたのは、今回の訪問で私どもの対応にあたってくださった
(奇しくも私と同じ)石川直人氏だった。それは、NGOが乱立している東京よりは注目度が高くなるとImg_8649いう戦略的な意味合いに加え、周縁化された人々を取り巻く問題に取り組んでいくというAPCASのポリシーとも合致する。

 私たちが訪れたのは、
視覚障がい者の雇用促進として事業展開しているマッサージサロン「Thusare(トゥサーレ)」である。「トゥサーレ」もアイヌ語からとったもので「癒す」という意味になる。マッサージサロンとしてはうってつけの店名である。
 しかし、こうした事業ひとつとっても異国の地で活動するのは一筋縄にはいかない。石川氏が語るところによれば、そこには「障がい者へのバリア」と「“マッサージ”という言葉のバリア」が横たわっていたという。

 日本では、視覚障がい者の職業として、真っ先にマッサージ師が浮かぶ。それほど当たり前の選択肢として日本では保証されている感があるが
(ただし、最近では無資格の“セラピスト”がいる格安マッサージ店が増えてきて、有資格者の視覚障がい者の雇用がだいぶ侵されているとも聞く)、スリランカではそうではない。障がい者は、社会の構成員として職を担う対象とはなっておらず、手を差し伸べる憐れみの対象として見られている。
 石川氏が訓練後の雇用創出のため、営業に出向き、話をすると、それが障がい者のことだと分かった瞬間からオーナーの表情が曇り始めるらしい。「うちは雰囲気を大事にする店だから」という全く失礼な理由を述べて。
 そもそも障がい者自身も「パウゥ」という言葉をとにかく多用するとも石川氏は嘆いていた。「パウゥ」とはシンハラ語で“かわいそう”という言葉で、とにかく小さな頃から周りからそう言われ続け、憐れまれるのが当然と自分自身で思ってしまっているのだそうだ。

 また、言葉の問題も厄介である。スリランカで“マッサージ”と言えば、それはあらかた性的なものを意味する。
 「マッサージ店を開業するので、物件を探している」と不動産屋に行けば、眉をひそめて断られ続け、100件近くも回って見つけたのが今の物件だとのこと
(それもうまく言い回しを工夫しながら、やっとのこと成約に漕ぎ着け…)
 この物件、少々家賃が高くてもあえて富裕層の多いコロンボ7区にしたのだそうだ。それを家賃が半分になるからと、隣りの区
(日本で言う歌舞伎町のようなところか)で借りてしまうと、結局、“性的”なイメージを払拭するのはかなり難しくなる。「7区にある」ということで、そのイメージからの脱却と店のブランディング、そしてワーカーの自尊感情の回復が図れるとの戦略がある。

 石川氏の話は予定の時間を大幅に過ぎ、ランチタイムにまで食い込んでしまった。それでもなお質疑応答が続いたのは、彼の話に“未来”が見えるからである。話の其処此処にビジョンと戦略がクリアに見える。日本のNGOの助成金頼みな脆弱性に触れ、しきりに「APCASの支援活動のいくつかをソーシャルビジネス化していきたい」と話していた。

 日本にNGOが台頭するようになって
(その時期を70年代後半と仮定すれば)40年近く経ち、今、日本のNGOは岐路に立たされており、向かうべき先を探しもがいているように思う。
 石川氏も同様にもがいているにはちがいないのだが、そこに突破口を開いてくれるのではないかと勝手に期待する。入り交じるカオスのこの国であれば、そんなブレイクスルーが起こる気がするのだ。

 まずは、スリランカでの(実質)1日目が終わり、旅がここから始まる。



【追記】
Img_8652_2  石川氏のお話の後、お試しで参加者何人かがマッサージを受けさせてもらった。さっそく長旅の疲れを癒してもらい、恍惚とした表情を全員がしていたということは、APCASの雇用促進訓練と彼らの腕に間違いナシ!ということですね。

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