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2014年8月 5日 (火)

スリランカ訪問記その3〜サルボダヤ

 コロンボ市内をバスでまわっていると"BUDDHIST TV"という看板が目に入る(ちなみに"BUDDHIST RADIO"もあった)。ガイドのサラットさんによれば、このチャンネルが結構スリランカの若者に視聴されていて、瞑想し“マジメな生活”を送ろうという人が増えているのだという。
 日本で最近の若者たちを揶揄して「さとり世代」なんて呼んでいるが
(←私は揶揄などせず、逆に彼らのライフスタイルに可能性を感じるが)、スリランカの若者たちこそ、正真正銘の「悟り世代」にあたるのではないか(笑)。

 研修3日目(実質2日目)は、サルボダヤを訪ねた。
 このスリランカ研修を企画した自分としては、このサルボダヤ訪問は目玉のひとつであった。それほどまでに入れ込むのは、自分が「開発援助」というものに興味を持ち出した90年代、少なくともこの分野に携わる者たちにとって、当時はそれなりのインパクトをもってサルボダヤが語られていたと思う。それは、先進国が押し付ける「開発」が一向に功を奏すことがなく、そこへ“途上国発”の開発のあり方として輝いて見えた思想・運動だったからであろう。「依存」ではなく「自立」を促す人間中心の思想には、なにか根本を触れられるようで、大いに可能性が感じられたのである。
 しかし、ここ最近、日本ではあまり聞かなくなっていた。

 「サルボダヤは今はどうなっているのだろう?」

 そこに触れるのが今回の研修の目的のひとつだった。それは、開発のあり方の行く末を見通すことになるとも思ったからだ。

 一教師であったアリヤラトネ氏が、1958年、学生たちを貧しい地域に連れて行き、シュラマダーナ(労働の分かち合い)キャンプを始めたことがサルボダヤの発端である。

 サンスクリット語である“サルボダヤ”はもともと「労働の分かち合いを通した人々の覚醒」という意味で、「
開発、平和、さらには精神的な覚醒(目覚め・気づき)に統合的、ホリスティックにアプローチするユニークな自助組織」Sarvodayaの日本語ページより引用)である。
 つまり、物質と精神のバランスのとれた開発を目指すのがサルボダヤの哲学で、仏教的な価値観をもとに、貧しさも過度の豊かさもない自立した社会を理想としている。

 しかし、今回訪れて、その思想哲学のダイナミズムをあまり感じることはできなかった。Img_8709
 それはひとえに私たちの訪問が限られた時間で、かつ現場を訪れず、本部での説明と一部事業の現場(孤児の支援)を見たにすぎないからだということは重々承知している。事実、重要な会議があるにもかかわらず、我々の到着を待ってくださった国際部門のトップBandula氏は「できれば数週間滞在し、現場にも出向いて見てほしい」と懇願されていた。

 きっとそうなのであろう。それが正しい訪問にちがいない。
 しかし、それでもスリランカにおけるサルボダヤのインパクトが弱まっているのは事実のようなのだ。Bandula氏を引き継いだ若手スタッフの話では、国内でのサルボダヤの事業数も認知も減少しており、予算が減少していることが大きく影響しているとのこと。
 以前は輝きを放っていたサルボダヤの開発哲学に、西欧諸国の援助団体から多額の資金が入ってきた故、西欧的な効率性重視のあり方に変わらざるを得なくなっていった。そういう批判が実は20年前からあった。昨今、陰りがあるという噂も聞く。
 それでも「NGOの役割はまだある」と若手スタッフは力強く答えてくれた。

 たしかに、役割はまだまだある。アリヤラトネ博士の思想哲学も今こそ肝に命ずべきだとも感じる。
 半世紀以上も前に始まったサルボダヤ・シュラマダーナ運動に、もし陰りが見えたというのであれば、それは“浸透”したという結果の表れなのかもしれない。サルボダヤが語ってきたことは、今の開発現場で普通に語られる「サステナビリティ」や「レジリアンス」といった言葉などに置き換えられていっているようにも思う。

 ただ、大きな問題は、概念として浸透しても、やはり具現化は未だされていないということだ。
 サルボダヤが新鮮さを失ったというのであれば、それは当たり前のものになったのだとむしろ歓迎すべきことである。しかし、だからこそ、NGOを見る眼差しは変化している。その変化している眼差しにどう応えていくか、新しい境地に立たされているのだ。

 Bandula氏が向かった“重要な会議”とは、全国から1600人ものサルボダヤのリーダーたちがコロンボに集まって「これからの10年」を喧々囂々するものらしい。どう新しい境地を切り開いていこうとするのか、その会議での決議が気になるところだ。

 サルボダヤの精神は普遍のものとして、21世紀にも根付いていくものなのだろうか。今の若者たちにも引き継がれていくものなのだろうか。
 その答えはもう少し先のことになる。

※下写真はサルボダヤのメディテーションセンター

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