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芸能・アイドル

2013年2月 6日 (水)

AKBのイタい涙

 関わっているNPOの会議があって、後楽園駅で降りた。時間は18時頃だったから、家路につく人々の流れに逆らって歩く。駅前には小さな公園とも呼べないような広場があり、その砂地を平均よりは少し遅い足取りで20代半ばと思われる女性が歩いて向かってくる。不思議な速度に思えたが、すれ違いざま、街灯の角度の関係で、一瞬、その女性の頬に涙を流したであろう跡が光って見え、腑に落ちた。目線は宙に浮いていたから、彼氏に「もう別れよう」というメールでももらったのであろうと安易に勘ぐった。その推測が一番合点がいったが、もしかしたら、家族の訃報に接したか、上司に惨めなぐらいにこき下ろされたのかもしれない。
 いずれにせよ、その涙は制御できずにホロリと溢れ出してきたものであることには違いない。そうした涙はどこか共感を覚えてしまう。

 

 AKB48の峯岸みなみさん(と知ったように書いているが、この一件で初めて知った)がYoutubeに丸刈りになって涙ながらに謝罪する動画がアップされ、論議を巻き起こした。実際、この動画を見ることはできていなかったが、新聞記事に掲載された写真は、とてもイタイタしいものだった。

 「恋愛禁止」というAKBの内規!?に反した故の自主的なケジメらしいが、どうにもこうにも解せない。“本人の判断による”というのも真相かどうか分からず、多少なりのプロデューサーの演出(売り込み)もあるような気もする。そもそもアイドルを「恋愛禁止」という幻想で包み込み、ファンを裏切らないとする手法自体が時代錯誤であるが、それに乗っかっているファンもきっと相当数いるのだろう。そのやり方が見え見えだと分かった上で、ニーズがあるのであれば(プロレスのように“演じ切る”痛快さも同様の「見え見えのニーズ」であ
)、それはそれであっていい。

 

 だから、そこにあまり問題を感じない。問題なのは、丸刈りになる(させられる)という手段の意味である。坊主頭はいずれ元に戻るから一時的に反省させる方法としてはちょうどいいのかもしれない。ただ、そこに及ぶのが、“関係性における圧力”であることを問題にすべきだと私は思う。
 今回の件は、特に女性であるが故、それは服を剥ぎ取る行為
と同等のものと捉えてよく、そうしたイタさも加わっているのだが、やはり、あそこにはちっぽけなコミュニティの逃れられない決まり事によって、あるいは逆らえない誰かからの指示によっての決断があったように思う。たとえ、それが明文化されたルールでもなく、上下関係のある誰かの声とし届いてもおらず、彼女自身が「誰にも相談せずに坊主にすることを自分で決めました」と言ったのだとしても、である。

 峯岸さんの涙に共感を覚えないのは、そ
うした暴力性のようなものを感じるからではないだろうか。私はそれが一種の“体罰”であるかのように思えてならない。
 
一見、飛躍しているように思われるかもしれないが、大阪市立桜宮高校のバスケ部や女子柔道界の昨今のニュースは、丸刈りにさせる風潮としっかり通底している。

 センチメンタルに過ぎるが、昨晩すれ違った女性は明日になれば、笑みを取り戻してくれているのではないかと期待する。涙はそう思えるものであってほしい。

【参考】
朝日新聞朝刊2013年2月2日社会面「AKB 涙の丸刈り謝罪…そこまでするワケは」